12
新木が見つかったという連絡をして学校に戻った頃には、行方不明になった張本人は泣き疲れで眠りに落ちていた。新木を追いかけ付き添っていた塚田に話を聞くと、どうやら自分がいる学校がわからなくなっていたようだ。
「それだけじゃなくて」
「? なんだ?」
「……小さな声でかえらなきゃって……」
「かえる?」
「そうなんです……繰り返し……ずっと……」
まるで壊れた玩具のように。
不安に顔を滲ませる塚田に眉を顰めた。かえるとは一体どこへ。新木や牛久が視たあの動画の川にでも引き連れていくつもりか。
あの時感じた胸騒ぎが当たっているとでも言うのか。
やはり新木や牛久が視たと言っていたあの動画は悪戯でもなんでもない。霊的存在のものか。未だに疑いは晴れないが霊的存在で妙に納得してしまう自分がいる。
「月崎先生。七海は。七海は。本当に大丈夫なんですか」
悲痛に歪む塚田の声に表情に上手く答えることができない。大丈夫だと言うのは簡単だ。誰にでも出来る。新木自身が大丈夫じゃないのは明らかだ。大丈夫なんで気休めをどうやって言えるのか。
泣くこともしない生徒を自分のこと以上に苦しむ生徒に俺は声をかけることも答えを与えることもできない。
「……」
「月崎先生。塚田さん。新木さんの弟さんが到着しました」
塚田に声をかけようとした音は喉元から出ることもなく終わった。新木の迎えが来たようだ。
精神状態が著しく良くない新木をこのまま授業に無理に出す事も出来ないと考え、新木の迎えを頼んだがまさか弟とは。
「こんちは……新木歩です。姉を迎えに来ました」
戸惑いがちに応接室に入ってきた少年に軽く挨拶をする。本来この場にいなくちゃいけないのは担任である桜木先生だが、あのヒステリックを精神状態の良くない生徒にぶつけられたら溜まったもんじゃない。実際、新木が見つかり学校に戻ってきた際も文句と言う名のヒステリックオンパレードだったから、校長権限で授業に押し込まれていた。無理もないが。
新木の弟は近くの中学校に通っている3年生らしい。この時期には珍しく1週間ほど前から学級閉鎖が起きているようで連絡して20分ほどで辿り着いたようだ。
「ねーちゃん、起きろ」
バシッといい音が響く。
応接室のソファーで眠る姉の頭を容赦なく叩いてる。こうして見ると仲良い姉弟に見える。何度かバシバシと姉である新木を弟が叩くと、目を腫らした新木がやっと目を覚ました。
「……帰るよ、ねーちゃん」
「歩……」
「早くしねーと置いてくからな」
「え、あ、待って」
弟の方がしっかりしている。新木のカバンを持ちさっさと応接室の戸の前に立った弟は塚田に声をかけたあと俺の方へと顔を向けた。
「あの……ツッキーさんですよね」
「……あぁ」
「いつも姉がお世話になってます。ほんとにありがとうございます」
深々とお辞儀をした弟に目を丸くした。そんなに新木相手に特別何かしたことはないし感謝される覚えもない。
気持ちだけ受け取り顔を上げさせれば、歩と呼ばれたまだ幼さの残る少年は小さく笑みを浮かべた。
「早く姉が元気になることを俺も祈ってます」
「……そうだな」
「それじゃあ。また何かあったらよろしくお願いします。ツッキーさん」
「じゃあね、ツッキー……ありがと……小春も……」
「……気をつけてよ」
「大丈夫大丈夫〜。歩いるし」
「ならいいけど……」
空元気な大丈夫を言い放って俺達にお辞儀をして新木姉弟は出ていった。
しんと静まり返った応接室。空気が重く喉がカラカラと乾燥していく気がする。ふと、またあの視線を感じて振り向こうとした時。視界の端で黒い影が映った。
「月崎先生?」
「……いや……新木のご両親は?」
視界の端に映った黒い影を追ったのを誤魔化すように話をすり替える。共働きで忙しく帰ってくるのは夜遅くだという。新木の様子のおかしさはやはり家でも継続されてるようで、仕事を休めるように調整中だとか。しっかりした親御だな。
「月崎先生なら知ってるかと思いました」
「必要以上に生徒の家庭事情なんか把握しない」
「…………だから月崎先生って七海に好かれるんですよね」
「……そうか」
その生徒からの好意を無碍にせずに返せていたら良かったと自分勝手に心で呟く。自分自身では返せている自覚もないし、今のような非常事態に何ができているわけでもない。
解決できるのならしたいが専門職には詳しくない。とりあえず調べてはみるが。
「塚田は教室に戻れ。牛久には俺から伝えておく」
「わかりました」
じくじくと胸に襲う不安のような不快感に気づかぬふりをして自分も応接室から出た。お祓いはどこに行ったらいいのかとスマホに検索をかけて。