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早朝。たまたま朝早く目が覚めた兄さんと共に朝風呂に行きそのまま朝食処へ来た。ここの旅館の朝食は早い時は5時から用意されていて従業員がいつ休んでるのかが謎になってくる。夕食は遅めの時間帯からで朝食は早めとなるから本当に忙しそうだ。朝食処で人が居ないなと思って辺りを見渡し時間を確認してみれば、まだ5時半を過ぎた頃合いだった。
「ここのご飯、家でも作って食べたいよね」
「兄さんはいつから母さんへと変貌したんだ」
「うーん、おまえを手に抱いたときかな」
兄さんの冗談は冗談に聞こえない時が多々あるし反応に困る事のほうが多い。ぐっと言葉に詰まってれば兄さんは楽しそうに笑うだけ。俺の反応を見て楽しんでる縁がある兄さんはたちが悪い。
セルフサービスで取りに行く方式となっている朝食を簡単に取っていき、兄さんと席に戻りそれぞれ好きなように食べ進めていく。昨日の夕飯は既に消化済みで腹が減ってしょうがない。こんないい匂いがするのならなおさらだ。
「……気まずくなった?」
「何が?」
納豆をかき混ぜ終えた兄さんが唐突に俺に問いかけた。黙々と納豆ご飯を作り上げている兄さんの間は長い。一体なんのことだとあまり頭が回らない状態でぐるぐると考えにふける。
「紗理奈ちゃんだよ。告白されたんでしょ」
食べ進める手が止まった。思わず兄さんを見つめれば、兄さんは気にした素振りも無いまま謎の魚を綺麗に食べて視線を合わせようとしない。告白されたことは何も言わなかったのになんでと言葉を出しかけたが、行きがけの車で言われたことを思い出して口を噤んだ。
兄さんは気づいていたのか、紗理奈の気持ちを。それとも俺が鈍すぎるだけかと悶々と悩んで、それからお新香を咀嚼してから言葉を続けた。
「別に。俺としては普段通り接するつもりだけど」
「……気まずくさせないようにって?」
俺の親代わりを務めている兄さんは鋭い。俺の考えなんてお見通しのように目が合った。真っ直ぐと俺を見つめる兄さんの目が細まった瞬間に視線をそらして息を吐いた。
そうだ。その通りだ。帰るまでは気まずい空気でいたくないだろう。紗理奈がどうかは知らないが旅行中はせめて楽しいままで終わりたい。
「まぁ、伏二が言いたいことは何となくわかるよ」
「……」
「ちゃんと向き合おうとした上で考えた結果ならそれでいいんじゃない?」
向き合っていただろうか。色恋には疎い自覚はあるし告白されたのだって今回が初めてでどうしたらいいかわからないのが現状だ。ただそういった感情に陥ったことがないのも事実だったし、紗理奈は紗理奈として安食修也の妹としてしか認識できていなかった。戸惑いと複雑が混ざり合っていたのが正直なところだ。
「……と言っても、まだわかんないか」
「悪かったな」
「……無理にしろとは言わないけどね。多少なりとも知っていた方が楽だよ」
世に馴染むのに。という兄さんの心の声が聞こえたのは気のせいだろうか。恋愛が出来て当然という風潮は当たり前だし、恋愛を通して何かを学ぶこともあると言いたいんだろう。少しでも考えが偏りすぎることが無いようにとか、色々。何も言えずに味噌汁を眺めてから味噌汁を飲み干した。
だいぶゆっくり食べていたせいか疎らに人も集まってきた。おかわりを少ししようと思ったが食欲がわかないし、昼にたくさん食べれば問題ないだろうとそのまま箸を置いた。
「フーちゃん!!」
ドタドタと騒がしい足音が轟いたと同時に修也の大きな声が響き渡った。朝からそんな大声を出すなと注意をしようとしたのに次に続いた修也の言葉に衝撃が走って何も言えなくなった。
「紗理奈が旅館の中のどこにもいないんだ!!」