素直
ノアに引き寄せられ、元いたノアの隣にぺたりと座り込む。
「なんで?24時間経ったのに」
「リリアーナが試した時は間違いなく24時間後に効果が切れていたけど」
「別に薬のせいじゃねぇって」
戸惑う私たちにノアが眉をひそめる。
「いやいや、おかしいって絶対!ノアがこんなに…」
「こんなに?」
ノアの整った顔が私に近づく。
至近距離で薄紫の瞳に見つめられ、口はパクパクさせるが続きの言葉は出てこない。
「と、とにかくなんとかしないと」
顔を背け、ユーリとイーサンに助けを求める。
「解毒剤みたいなものはないよね?」
「24時間で勝手に効力が切れると思っていたから用意していない」
ユーリの言葉に頭をもたげる。
ああ、今思えば一回きりの実験で使おうとするなんて迂闊すぎた。
体質によっては24時間以上の効力が出る場合もあったのかもしれない。
「今晩から解毒剤の製作に取り掛かるよ。本当にごめんね」
「だから薬は関係ねぇって」
謝る私にノアが髪をくしゃくしゃとかく。
惚れ薬を飲んでいる人間は薬を飲んでいるとわかっても、自分の惚れているという感情が偽物だとは思わない。
改めて恐ろしい薬を作ってしまった。
頭を抱える。
その様子を見て、イーサンが口を開く。
「さっきは普段からは考えられないくらい素直でびっくりしたけど。ノアは薬切れたって言っているし、本当に切れたんじゃない?」
「素直って。私に甘いのは素直じゃないよ、異常だよ」
首をぷるぷると左右に振る。
絶対薬の効果は切れていない。
イーサンがノアを何か言いたげに見る。
「何だよ」
その視線にノアがイーサンを軽くにらむ。
「日頃の行いだな」
イーサンはため息をついた。
「まぁ薬のせいかそうじゃないかはっきりさせるためにも、解毒剤はとりあえず作ってみる?」
ユーリが私に問いかける。
「うん。できるだけはやく完成させるから」
惚れ薬自体を作るのに1ヶ月かかった。
解毒剤を作って、いきなりノアに飲ませるわけにはいかないので、私で試して…
最低でも1週間はかかるかも。
だめ、寝ずに作って、せめて5日で。
「解毒剤ができるまで、ノアと会わないようにするから。そうしたらノアは普段通り過ごせるはずだし」
「はっ?!」
ノアが目を見開く。
驚いたノアに私が反対にきょとんとする。
何か不都合があるだろうか。
私の不思議そうな視線にノアが苛立たしげになる。
「解毒剤作るのって1週間とかかかるだろ。ゼミもあるのに何言ってんだ」
「学校は休んで、解毒剤作るよ」
迷惑をかけている立場なので、それぐらいどうってことない。
「ふざけんな」
怒るノアをまじまじと見つめる。
薬が効いているわりには口調は荒いな。
でもそうか。今は惚れ薬のせいで私と1週間会わないということに心が納得していないのだ。
夜すら離れたくないとなっていたから家に連れてきたのに、その感覚を失念していた。
「えっと。今は寂しいような気がするかもしれないけど、それは薬のせいで。私と会わなければその感覚はなくなるから」
理屈を説明しようとするが、ノアは不満気である。
「1週間だぞ、長いだろ」
むすっと口を尖らすノアがかわいいと思ってしまって、慌てて首を振る。
これはあくまで薬のせいだから。
「1週間会わないことなんて今までも…」
言いかけて止まる。
そう言われてみれば入学して半年。
1週間会わなかったことはないかもしれない。
夏休みもなんやかんやゼミの活動や、ユーリたちとみんなで集まっていた。
たしかに会うのが当たり前だったから会わないと寂しいかも?
想像しようとした時ノアのため息が聞こえた。
「とにかく会わないのはなし。むしろ薬の効力続いていると思うなら、常にそばで見とけ」
悩んだが、ノアの薄紫の瞳が微かに揺れている気がして、結局うなずいた。




