薬の威力
突き飛ばしたノアが不服そうな顔になる。
「なんだよ、俺の意思じゃないって」
「薬!薬のせいなの、私が作った」
「薬?そういやあれ、なんの薬なんだよ」
惚れ薬と言いかけて、押し黙る。
ブラコンのノアのことだ。
リアムさんに飲ませようとしていたことが分かったら、もう二度とリアムさんに近寄らせてもらえないかも。
ノアにも許してもらえない気がする。
いや、でも迷惑かけている以上言わないと。
ぐるぐる考えていると、ノアが立ち上がった。
「まぁいいや、リリアーナが言いにくいことなら言わなくていい」
普段のノアから考えられない優しい笑みで、頭をぽんと撫でられた。
「あっ、う…ごめん。その状態は明日には治るから」
言わなければいけないと思いつつ、ノアの優しい眼差しに結局口をつぐんでしまう。
なんて私は勝手なんだ。
「了解。体が異常に熱ってるけど、それ以外におかしいとこねぇーし。気にすんな」
違うよ、おかしいことだらけだよ。
ノアはそんなこと言わないし、私にそんな優しい目は向けない。
「ごめんなさい。発熱とかではないの。私と離れたらおさまるし」
もう半分薬の答えを言っているようなものだが、それは伝える。
するとノアは形のいい眉を吊り上げた。
「は?リリアーナと離れるのはむり」
開いた口が塞がらない。
薬のせいなんだけど。
離れるのはむりなんて言葉、ノアの口から出る言葉とは思えない。
私が間抜けな顔をして固まっていると、ノアがさらに言う。
「俺の家来いよ。明日休みだし」
たしかに明日は休みだ。
リアムさんに薬を飲ませようと思った時に、そこは計算した。
万一にも学校でリアムさんが私に惚れている様子を、他の人に見られないようにするためだ。
だから薬だって、効果は24時間も必要なかった。
リアムさんともう会えなくなる前に、放課後のたった1時間好きになってもらいたかっただけなのに。
やはり人の心を操ろうとしたからバチが当たったのだろうか。
「決まりな」
私の手を掴んで、研究室を出ようとするノアを慌てて引き止める。
「ちょっと待って。決まってない。お家は行かない」
「なんで?しょっちゅう来てるだろ」
同級生のゼミ仲間四人でよく部屋は行き来している。
なんなら泊まったこともある。
でも二人きりはない。
記憶はなくなっても、あとで私と二人きりで夜を過ごしたなんて知ったらこの男は嫌がるだろう。
それぐらい、ノアは私に普段当たりが強い。
そもそも一刻も早く、私と離れるべきなのだ。
そして24時間会わずに過ごさないと。
「ノア、薬のこと本当にごめん。また改めてちゃんと謝罪するから、今日は帰ろう」
ノアが掴んでいる手を外し、扉に向かう。
「むり。今日は絶対リリアーナと過ごす」
後ろからノアに抱きしめられ、身動きできなくなる。
ああ、私が作ったんだけど。
なんて強力な薬だ。




