きっかけ
リアムさんに言われて、惚れ薬を初めて作った時のことを思い出す。
あれは1ヶ月と少し前のこと。
***
「好きです。付き合ってください」
その言葉が聞こえ、ギクリと固まる。
慌てて曲がろうとしていた廊下の角で止まる。
そうっと声の方をのぞくと、顔を真っ赤にした女の子が見えた。
その女の子と向き合うのは…
「ノア」
見慣れたミルクティー色の髪だった。
「むり」
なんて答えるのだろうと思う間もなく、ノアは答え女の子に背を向け、歩き出そうとする。
実際に告白されているのを見たのは初めてだが、ノアはやっぱりモテるのだな。
そして、なんと冷たいことか。
付け入る隙もない返答だ。
ある意味これも優しさなのだろうか。
「待って。理由教えて」
ぼんやりと考えていると、女の子がノアを呼び止める。
すごい、私ならさっきの返答で心折れそうだけど。
告白もして、勇気が偉いなぁ。
半ば感心と尊敬の眼差しで見守る。
ノアは軽くため息をつくと、振り返って告げる。
「好きなやつがいるからむり」
そういうと、今度こそ女の子の返答も聞かずに背を向けて去って行った。
女の子は呆然とノアの後ろ姿を見送る。
しかしその後ろで私も呆然としていた。
好きな、やつ?
瞬きを繰り返す。
ノアに好きな人なんているの?
胸の奥がざわつく。
急に周りの温度も下がったような気がする。
いやいやいや。
ノアも人間だし好きな人ぐらいいるでしょう。
なのになぜ。
自分の胸の内を占めるのは友達としての好奇心ではなかった。
鉛のように重い感情。
ノアは誰かを特別な甘い瞳で見つめているのだろうか。
想像してさらに胃が重たくなる。
私、ショックなの?
ノアに好きな人がいることに落ち込んでいる。
そのことに気付き、頭を振る。
そんなはずない。
私が好きなのはリアムさんで。
「リリちゃん。どうしたの?」
呼びかけに顔をあげると、私が好きなはずのリアムさんがいた。
ゼミ室に向かっている最中だったことを思い出す。
「いや、なんでもないです」
なんとか声を絞り出す。
「そう?俺もゼミに来るのあと少しだから、ノアのことお願いね」
ふんわり笑ったリアムさんの顔を見て、なんだか泣きそうになる。
「ノアのことは、私じゃない誰かがちゃんと見守ってくれますよ」
自分の口から出た言葉は思った以上に固かった。
リアムさんが心配そうな顔で私を見る。
「いや、すいません。なんでもありません」
目を合わせていられなくて、視線を逸らす。
私はリアムさんが好きなの。
きっとこの人に振り向いてもらえないから、余計なことを考えてしまうだけ。
リアムさんと連れ立って、ゼミ室に向かいながら考える。
惚れ薬を作ろう。
そうして最後にリアムさんに私を見てもらえたら、きっとこの胸にできた穴も塞がるはず。
***
「あっ…」
リアムさんに言われて、惚れ薬を作ったきっかけを思い出し、口元に手を当てる。
「思い出した?」
「はい。私、本当に自分勝手で。バカで。リアムさんもノアも巻き込んで」
先程堪えた涙が溢れ、しゃっくりをあげる。
私は本当に大バカものだ。
今はもう、あの時なんであんなに悲しくて動揺したのかわかっている。
「リリちゃん。君の涙を拭くのは俺の役目じゃない」
リアムさんが私の大好きな、後輩に向けた優しい笑みを浮かべる。
「行っておいで」
「ありがとうございます。リアムさん、本当に。今までありがとうございました」
深々と頭を下げて、顔を上げる。
「行ってきます」
リアムさんがうなずいて、私は駆け出した。




