告白
震える手をお腹の前で重ねる。
「リアムさん。お話ししたいことがあるんです」
声も揺れそうになるが最後まで言い切る。
私とリアムさん以外は誰も残っていないゼミ室。
ついにこの時がきた。
「うん。どうしたの?」
リアムさんがノアと同じ、薄紫の瞳を眼鏡越しに細めていつもの笑みを見せる。
声を発したいのに、緊張して喉につかえる。
それでも伝えるって決めたのだ。
この半年、私があたためていたこの気持ちを。
「あの、私、リアムさんのことが好きです!」
渇いた喉から搾り出し、背の高いリアムさんを見上げる。
リアムさんの目は驚いたように開いていた。
「セリーヌさんがいるって分かってます!お付き合いしてほしいとかそんなおこがましいことは思っていません。ただ…」
リアムさんの返事を聞くのが怖くて、つらつらと言葉を並べる。
重ね合わせた手を握りしめる。
「知って欲しかったんです。私がリアムさんのことを好きだったことを」
「リリちゃん…」
リアムさんの柔らかな声に涙が出そうになる。
「でも伝えたいのはそれだけじゃなくて」
リアムさんがこくりとうなずく。
「私、最低なことしようとしたんです」
結果的に失敗した。
しかしこのことは正直に打ち明けなればならないと思っていた。
「リアムさんに惚れ薬を使おうとしました」
リアムさんに実際に影響はなかったとしても、卑怯な手を使おうとしたことは伝えなければいけない。
「私、本当に自分勝手で」
堪えていた涙が溢れる。
自分で蒔いた種なのに、この後に及んでも私は泣くなんて。
ぐっと唇をかみ、ごしごしと手の甲で目をこする。
目頭に力を入れ、涙を溢さぬようにして、リアムさんを見上げる。
なんと軽蔑され、罵られるか…
不安に駆られて、リアムさんを見ると、リアムさんは想像とは全く違う顔をしていた。
眼鏡の奥の瞳は研究者らしい好奇心に満ちた輝きを放っていたのである。
「惚れ薬!すごい!よく作れたね!人の心に影響を及ぼす薬は生成が難しいのに」
リアムさんの返答にぽかんと口を開ける。
そういえばリアムさんは新入生の新薬も喜んで、試しまくるほど研究好きだった。
しかもちょっと天然だ。
…そういうところに惹かれたのだが。
「やっぱりリリちゃんは優秀だね」
「ふふ」
感心したように何度もうなずくリアムさんに、状況も忘れて思わず笑ってしまう。
リアムさんもにこにこと笑っていたが、ふと思い出したように言う。
「あっ、でも、それってもしかしてノアが飲んじゃった薬?」
私も笑いが引っ込んで、肩を落とす。
「はい。そうなんです。実は今そのせいでノアが…本当にすいません」
私に惚れているとまでは言えなかったが謝る。
「いや、あれはノアが勝手に飲んだんだし謝らないでよ」
リアムさんが落ち込んだ私を励ますように言う。
ただ考え込むように、手をあごに当てる。
「そうか、ノアが。でもノアが惚れ薬飲んでも元々…」
考え込むリアムさんを不安気に見上げる私の視線に気づき、慌てて手を振る。
「とにかく、そのことは気にしないで」
「でも、私はリアムさんの気持ちを捻じ曲げようとして。ノアにまで迷惑かけて…」
「まぁノアには謝るっていうか、話は二人でちゃんとした方がいいと思うけど」
私の言葉にうなずきつつ、リアムさんが私を見る。
「でも俺は結局何もされてないし。それに俺の知っているリリちゃんは自分勝手なやつじゃないよ」
優しい笑みで見つめられ、さらに罪悪感が増す。
「本当にすいません。もう二度としません」
人の心を操作してもいいことはない。
申し訳なさと虚しさが増すばかりだ。
「あのままノアが来なかったとして、リリちゃんは俺に薬を飲ませたなかったと思うな。きっといざ俺が飲もうとしたら止めていたと思うよ」
リアムさんの優しい言葉に眉を下げる。
たしかに本当に飲みそうになったら怖くなってやめていたかもしれない。
しかしそれは結局自分を守るためだ。
「ノアはすごいんです。私なんかと違って、相手のことを思いやる恋をするんだなと惚れ薬で思いました」
ぽつりとつぶやくように言う。
するとリアムさんが口元を綻ばせた。
「ノアは優しいからね。リリちゃんがそれを知ってくれてうれしいよ。これからもノアをよろしくね」
「はい。ノアが今回のことで私に愛想をつかさなければ」
「ノアがリリちゃんを嫌いになることなんてないよ」
リアムさんが声をあげて笑う。
しばらくして、リアムさんが深呼吸をする。
「リリちゃん。リリちゃんの告白はうれしいよ、ありがとう」
「はい」
眼鏡越しに薄紫の瞳と目が合う。
この瞳が好きだった。
けれど、この人のことをそういう風に見るのは今日が最後。
「でも気持ちには応えられない」
「はい。はっきり言ってくださってありがとうございます」
深く頭を下げる。
「リリちゃんのこと妹みたいに思っている。いつか本当に妹になって欲しいくらい」
その後続いた言葉に顔を上げる。
「それって…」
リアムさんがにこりと笑う。
「ねぇ、リリちゃん。リリちゃんはまだ自分の気持ちで気付いていないこともあると思う。惚れ薬作ったのも何かきっかけがあったんじゃない?」
「きっかけ」
リアムさんの言葉をぽつりと繰り返した。
あと5話くらいで完結予定です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
ぜひ最後までよろしくお願いします。
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