24時間
研究室までノアを連れて行き、洗面台を指差す。
研究室には私たちしかいない。
「お願い、今すぐ吐き出して!」
「はぁ?もう飲み込んじまったし。てか、吐き出さないといけないような薬って、何兄貴に飲ませようとしてたんだよ」
ブラコンスイッチが入ったノアが怒りの表情になる。
そう、ノアは正真正銘ブラコンだ。
リアムさんとノアは性格は真反対のような気がするが、なぜかノアはリアムさんにべったりだ。
リアムさんはとにかく優しくて大人でまさしく理想の先輩。
ちょっと鈍臭いところも親しみやすく、可愛くて大人気だ。
反対にノアは近寄る女を軒並み、ブスだなんだと冷たく口汚くあしらい、寄せ付けない。
大半の女子は慄いたが、いかんせん顔は良すぎる。
その冷たさもそれはそれで受けちゃって。
遠巻きに眺めるファンクラブが存在していた。
本来女に注目されるのが嫌いなはずの彼が。
一緒に行動すれば、余計に目立ってしまう兄がいる大学、ゼミに入った理由はただただ兄を追いかけてきたからである。
なんともかわいい理由だ。
それがさらにファンクラブを湧き上がらせているのだが、本人が知っているかは定かではない。
「あの…ごめん」
説明しようと口を開きかけた時、ノアが胸を押さえてしゃがみ込んだ。
「ノア!」
まずい、薬の効果が出始めた。
「あ?なんかあっちぃ」
ノアが服の襟ぐりを引っ張って、私を見る。
「あっ」
ばっちり目が合った。
つまり、ターゲットが定まった。
もちろん事情を知らない他の人と目を合わせるわけにはいかないから、こうして二人きりのところに連れてきたのだが。
「リリアーナ?なんだこれ。あつい」
急にノアの薄紫の瞳が潤み出す。
「ああ、ノア。本当にごめん」
私の作った惚れ薬のせいで。
ノアは今、私に惚れてしまっている。
私がリアムさんに飲んで欲しくて作った惚れ薬。
効果は自分自身で試したので間違いない。
同じゼミの友人、ユーリに協力してもらって試した。
効果は24時間。
薬を飲んで初めに目が合った人物に惚れる。
24時間はその人のことが好きで好きでたまらなくなる。
しかし24時間後には薬の効果があった間の気持ちもその相手と接した記憶も綺麗さっぱり消える。
なのでこの24時間さえ無事に乗り切れば。
ノアが私に惚れてしまったという、ノアにとって吐き気がするほど忌まわしいであろう記憶は消える。
また、その対象の人物に対してだけ様子がおかしくなり、それ以外の人にはいつも通りである。
そのため私とこの後一緒に過ごさなければ、何事もなく24時間過ごせる。
「ごめんね」
薬の力でどうにもならないとは思うが、事情だけは説明しようと、ノアを見つめる。
するとノアが私の頬に触れる。
「わかんねぇけど、謝るな。リリアーナがつらそうだと俺もつらい」
「なっ…!」
普段のノアからすると考えられない優しい台詞に、反射的に頬が染まる。
ちがうの、これは私の薬のせいなんだから。
私が動揺してどうする。
「リリアーナ」
ノアが切なげにつぶやいて、顔が近付いてくる。
ああ、まずノアに名前をこんなに呼ばれることがない。
ノアはいつも他の人をお前とかおいとか、そういうので済ますことが多い。
本当にあくまで薬のせいなのに。
熱のこもったノアの眼差しに射抜かれ、動けなくなる。
ノアの綺麗な顔が近付いてくる。
…そして冒頭に戻るのである。