特別な存在
ノアに触れたくてたまらなかった熱は引いていた。
しかし。
「ねぇ、ノア。私が言ったことは全部本当だからね」
背を向けているノアにそっとつぶやく。
「何が」
やはり起きていたようで、ノアの短い返事がある。
「ノアの頑張り屋なところが好きってこと」
ノアの肩がピクリと揺れる。
たしかに惚れ薬の効果はあったけど、言ったことに嘘はない。
記憶はないけど、耳が赤くなったノアのことを映像を見てかわいいと思った。
この惚れ薬って、自分の中にある感情を素直に表に出すものなのかも。
自分で作った薬だが、ユーリの時とノアの時の症状の現れ方を見て、考える。
ユーリにはひたすら日頃の感謝を述べて、好きだと繰り返していた。
ノアにも普段言わないだけで、言ったことは思っていたことだった。
だから偽物の好きを生み出すというより、自分の中の感情が出やすくなるというか。
あれ?でもそうなると私はノアにキスしたいとか本当は思っているってこと?
赤くなり、ぶんぶんと頭を振る。
私はリアムさんが好きなはずで。
それにもしこの惚れ薬の効果がそうだったとすると、ノアは…
「お前も」
「へっ?!」
いろいろ考えていたので、ノアの呼びかけに必要以上に反応してしまった。
恥ずかしさを咳払いでごまかしながら問いかける。
「なに?」
ノアがこちらに顔を向ける。
「お前も兄貴と同じ。俺を特別扱いしない、普通に接する」
薄紫の瞳に見つめられ、口を尖らす。
「それはノアが初手から失礼だったから、つい…」
かっこよさに緊張する間もなかっただけだ。
「そうだけど。それを怒ったから、お前のこと信用できると思った。それまでの俺は何言っても誰も彼も怒らないし、許されて」
完璧なノアに対等に接する人はなかなかいなかったのかもしれない。
ノアが目を細め、ぽつりと付け加える。
「兄貴だけだった、俺を叱ってくれるのは」
ノアはきっとそれまで寂しかったのだ。
でもそれって私もノアにとってリアムさんみたいな存在ってこと?
よぎった自意識過剰な考えに首を振る。
ノアの方を見ると、背を向けていた。
わかんないよ。これも惚れ薬のせい?
それとも。
期待に胸がうずく。
解毒剤は本当に作用している?
どうして私は期待しているの。
どうして胸が高鳴っているの。
「明日、兄貴がゼミに顔出すの一旦最後らしいぞ」
自分の気持ちに戸惑ってうつむいていると、ノアが声を発した。
「あっ…そう、なんだ」
勢いよく顔を上げてノアを見ると、眉を寄せた顔でこちらを振り向いた。
リアムさんについに会えなくなる。
自分にとってこれ以上ないほど大問題のはずなのに、寂しさより今の自分への混乱の方が大きかった。
リアムさんより目の前のノアが気になるなんて。
これ以上ノアの薄紫の瞳を見つめていたら、自分の中の何かがぶれる気がして、そっと目を逸らした。




