触れたい欲望
ノアの赤い耳に触れたくて、うずうずしながら眺める。
でもさっきキスは拒否されたし、触れたら嫌がられるかな。
「なんだよ」
じっと見られていることに気づいたノアが私に視線を向ける。
「ノアに触りたい。だめ?」
自分の中の欲望が消えず、体が熱っている。
正直に伝えると、ノアが咳き込んだ。
「大丈夫?!」
焦ってノアの顔を覗き込むと、ノアが私を押しのけた。
「なんでもねぇ。…惚れ薬ってやっかいだな」
「え?」
ノアの小さなつぶやきはよく聞こえなかった。
聞き返したが、ノアは首を横に振る。
「お前そろそろ解毒剤飲め。もう惚れ薬が効いていることは十分わかったから」
「解毒剤…」
ノアがこちらに突き出した小瓶の中の透明度の高い青い液体を見つめる。
「ノアは私のこの気持ちが惚れ薬のせいだって言うの?」
「お前自分で作ったくせに。それ以外のなんだって言うんだ」
ノアの呆れた声に口をへの字に曲げる。
ノアのことを愛おしいと感じたり、かわいいと思ったり、触れたいと思うのは惚れ薬のせいだけなわけない。
こんなに胸の底から溢れてくる想いなのに。
「解毒剤飲んでもなおらないからね!」
啖呵をきると、小瓶の液体を逆さにし、一滴残らず飲み干した。
「そうだったらどれだけよかったか」
飲んでいる時にそうノアが言った気もしたが、定かではない。
ごくりと口の中に広がった少し苦い味を全て飲み込む。
そしてノアを見つめた。
頭が一瞬真っ白になり、目の前のノアを上から下まで見る。
「…どこまで覚えている?」
私の視線を受けたノアが口を開く。
「えっと、惚れ薬飲んだところまでは覚えているんだけど」
その後の記憶が全くない。
ノアは軽くため息をついた。
「解毒剤しっかり効いてそうだな」
そう言うと、私に背を向けてベッドに向かう。
「えっ?解毒剤飲まないの?」
慌てて作業台に置いているもう一つの小瓶を掴む。
「今日はもう遅いし、明日でいい」
どこか不貞腐れているような、投げやりな声を最後にノアが布団をかぶる。
一応私のベッドなんだけど。
惚れ薬を飲んでから当たり前のように同じベッドで寝ているノアを眺める。
ノアはドキドキしないのかな。
私はノアと同じベッドで寝るの、緊張するのに。
手元の小瓶を見下ろす。
はやくノアを解放してあげたいけど、その前に自分が飲んだ時の様子も確認しておくべきか。
空中に浮かんでいる記録魔法機を掴むと、先程録画したものが再生される。
一応まだ寝ていないと思われるが、ノアのためにボリュームは小さくする。
空中に表示される私とノアのやり取りを見つめる。
惚れ薬なのだから当たり前だが、赤い顔でノアに迫る自分に身悶える。
でも前のユーリの時には好き好き言うだけで、キスは迫らなかったけどな。
それに触れたいってなったかな。
思い返してはてと首を傾げる。
最後まで再生された映像を閉じる。
ところどころ、ノアの声が小さく聞き取れなかったが、惚れ薬は間違いなく機能していたようだ。
そして解毒剤も。
体はほてりがおさまったし、目の潤みもない。
それに抑えられないほどのノアに対する欲望も。
消えていた。




