向き合う決意
水滴が窓を濡らす。
薬をかき混ぜる手は止めずに、研究室の外を眺める。
「雨か」
私の隣のテーブルで、自分の研究をしていたノアがつぶやく。
それにこくりとうなずく。
部屋には私が薬を混ぜる音とノアが薬草をすりつぶす音、そして雨の音だけが響く。
今、研究室には私たちしかいない。
ゼミの後も残って、解毒剤作りに励んでいると、当たり前のようにノアも横にいた。
でもこういうことは惚れ薬の前からあったな。
私が薬の調合に没頭していると、気づけば研究室は私とノアだけになっていて。
私の作業が終わると、当たり前の顔をして、ノアも一緒に帰る。
なんやかんや言って優しいんだよな。
初めて会った時にリアムさんが言った、ノアが優しいの意味が今はもうわかっている。
研究室で一人残すのはかわいそうだからとか、帰りが暗いからとか、きっとそういう理由だったのだろうけど、ノアは何も言わない。
いつもは口悪いくせに、ただ私のそばで黙って待っていてくれる。
そのことに気付いた時、ノアに言うと、たまたまだって言われたっけ。
そう言われるとお礼が言いにくく、結局まともにお礼を言ったことはない。
「なんだよ」
ついノアの顔を見ながら物思いに耽っていた。
「ううん」
首を振り、ノアの顔を見つめる。
「ありがとね」
突然お礼を言った私を訝しげに見る。
「何が?」
「いろいろ」
そしてかき混ぜている薬に視線を戻す。
「…なぁ」
「どうしたの?」
ノアが小さく息を吸う音が聞こえた。
「お前、兄貴に告白しないの?」
ノアの言葉にかき混ぜていた手が止まる。
「急になんで…リアムさんにはセリーヌさんもいるし」
ごにょごにょと言うとノアが隣にやってくる。
「でも諦められないんだろ。だから惚れ薬なんか作ったんだろ」
隣に立ったノアを見上げると、薄紫の瞳が情けない顔をしている私を映し出していた。
「そんなの、困らせるだけだしできないよ」
ノアの目を見ていられなくて、うつむく。
「違う。兄貴は困らない。お前が振られるのが怖いだけだろ」
ぐさりとノアの言葉が胸に刺さった。
その通りだ。
ぶつかる勇気がなくて、いっぱい言い訳して。
でもこっちを見て欲しくて、惚れ薬なんて卑怯なものを用意して。
セリーヌさんから奪う勇気も奪うことができるほどの魅力もないのに。
セリーヌさんを見るリアムさんの甘い眼差しが忘れられなくて、羨ましくて。
リアムさんがいなくなる前に、最後の思い出になんて都合の良いことを言って。
リアムさんやセリーヌさんの気持ちは無視して、薬でなんとかしようとした。
羞恥で頬が染まる。
ノアに私の恥ずかしい本心を暴かれ、顔をあげられない。
手が震える。
自分の心が醜い。
「…まぁ、俺も人のこと偉そうに言えねぇけど」
ノアの深いため息が聞こえ、うつむいていた顔をそっとノアに向ける。
目が合ったノアは驚くほど優しい顔をしていた。
「兄貴、本当にもうゼミに顔出さなくなるぞ」
4回生は就職や大学院への進学に向けて、最後は自分たちの研究に集中する。
そうなると私たちとは会う機会がなくなる。
「後悔ないように真っ直ぐぶつかれよ。俺はどうなっても…お前の味方だから」
惚れ薬のせいで私のことが好きなはずなのに。
それは私の自分勝手な恋心と違って、相手のことを思ったあたたかいものだった。
「なんでそんな優しいの」
涙が私の目からぽろりと溢れた。
ノアが困ったような顔をして、ぽつりとつぶやいた。
「…全部、全部終わったら言う」
そしてノアの大きな手が私の肩を抱き寄せる。
あたたかいその胸に頭を預ける。
「ありがとう、ノア」
すうっと深呼吸をする。
涙を拭い、ノアの顔を見上げる。
「私、リアムさんに告白するよ」
「…ああ」
雨の音がいつまでも聞こえていた。




