惚れ薬
ミルクティー色の髪の毛が私の額にあたる。
鼻がくっつきそうなほど近い。
熱のこもった薄紫の瞳に見つめられ、心臓が痛いほど脈打っている。
「あの、ノア、離れて」
「いやだ」
熱い吐息が私の耳元をくすぐる。
なんでこうなったの。
ノアの綺麗すぎる顔が近くて、くらくらしてきた。
ノアが私のダークブラウンの髪に触れる。
「リリアーナ」
少し湿った声で名前をささやかれ、びくりと体を震わしてしまう。
「ノア、落ち着いて」
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
私が軽はずみな行動をしたせいで。
ノアの唇が私の唇に触れそうになる。
「だめ!!」
思わず力一杯ノアを突き飛ばす。
そして叫ぶ。
「これはあなたの意思じゃないんだから!」
そう、これは惚れ薬のせいでして。
でなければ私に大層冷たい同級生のノアがこんなふうに迫ってくるわけがないのだ。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
記憶を遡ること1時間前。
私は緊張しながら、先程出たばかりのゼミ室に戻ってきた。
「あれ。リリちゃんどうしたの?」
不思議そうに首を傾げる。
そんな姿も年上の男の人だけど、かわいい。
さすがリアムさんである。
リアムさんは私の三つ上の先輩で、私の好きな人。
スラリとした長身に白衣がよく似合う。
かけている眼鏡を持ち上げる指も細くて長くて綺麗。
すべてが清潔感に溢れて爽やか。
でもこの姿を見れるのもあと少し。
だから、今日だけは。
今日だけは私のものになってください。
震えながら、手に持っていた薬を差し出す。
「これ、新しく作った薬なんです。よかったら飲んでみてくれませんか?」
私たちのゼミは魔法薬ゼミ。
薬と言っても病気のためのものではない。
1日眠気が吹っ飛ぶ薬とか雨を避けられる薬とか。
そういう人によっちゃ大喜び、人によっちゃそんなのいるか?という薬を研究、開発している。
「おっ、リリちゃんは熱心だね。今回はどんな薬?」
私が作った薬が入った小瓶を掲げる。
薬はピンクの液体だ。
「世界が輝いて見える薬です」
「素敵だね」
リアムさんが微笑む。
でもごめんなさい、本当は違うんです。
リアムさんが小瓶の蓋を開ける。
鼓動がはやくなり、手に汗をかき始めた。
「二人で何やってんの?」
その時、扉が開いてノアが入ってきた。
ノアとリアムさんは兄弟である。
この兄弟はどっちも美形なのは間違いないのだけど、そんなに似ていない。
おそらくまとう雰囲気のせいだろう。
リアムさんは大人っぽくて柔らかい雰囲気。
ノアは見た目に関していえば、中性的で童話に出てくる王子様のようだ。
しかし口が悪く、人を寄せ付けない。
そのためリアムさんが白王子、ノアが黒王子などと影ではこっそり呼ばれている。
「リリちゃんの新作を頂こうと」
リアムさんがノアに薬を見せる。
まずい、他に人がいるところでこの薬を飲まれるわけには。
どうしようかと焦っていると、ノアが薬に手を伸ばす。
「お前、また兄貴に新薬飲ませようとしやがって。変なのじゃないだろうな」
そして、なんと。
ノアが小瓶を逆さにして、ピンクの薬を自分の口に含んだ。
一滴残らず。
「あっ、ちょっとノア」
「ノア?!」
リアムさんと私の驚いた声が重なる。
まずいまずいまずい。
とにかくここにいてはいけない。
ノアの手を引っ掴んで、ゼミ室を飛び出した。




