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星が光る街で

作者: シダレヤナギ

 学校からの帰り道を、いつものように二人並んで歩く。


「綺麗だよね」


 彼が言った。


「ほら、あそこに見えるでしょ。砂時計みたいな形のやつ。あれがオリオン座で…」


 いつものように、彼は星座トークを始める。私は隣で、時々相槌を打つ。

 話を聞きながら、ふと顔を上げた。


 私が住んでいる町は空気が澄んでいて、星座がよく見えるスポットとして有名だ。今日も、無数の星々が空を埋め尽くすように煌めいている。


 天文部に所属している彼は、クラスでも有名な星座好きだった。私が告白して付き合うようになってからは、こうして毎日、星座の神話や季節による見え方の違いについて教えてくれる。


 私は…というと、星座は逆に嫌いだ。「カシオペア座」も「オリオン座」も、彼に教えてもらうまでは形さえわからなかった。


 でも、一番の理由は。


「…やっぱり、めちゃくちゃ綺麗だよね。夜空を眺めてるとさ、俺、ここに生まれてよかったなーって思うんだ」


 私は右手の拳を堅く握りしめた。

 綺麗…彼はいつも星座に向かって、うっとりとした口調でそう言う。

 でも私は、そんなことを一度も言われたことがない。「綺麗だね」も「好きだよ」も、付き合い始めてから一度も聞けていない。


 だから、無性に悔しくて、悲しかった。


「…ねぇ、菜乃花もそう思わない?」


「うん、そうだね。私もそう思う」


 ──嘘ばっかり。こんな所に生まれて、後悔しているくらいなのに。


 彼の好意を逸らさないように、と考えると、いつも私は嘘つきになってしまう。


 だから。


 私は、彼の愛情を一身に受けている星座のことが、憎くて、大嫌いだった。


 ※


 それからしばらく経った、ある日。学校の廊下を歩いていると偶然彼の姿が視界に入ってきた。


 ──そして、私は見てしまった。

 一人の女子に、彼の目が釘付けになっているところを。

 たぶん、同じ天文部の先輩だ。可愛くて優しそうな人。

 彼はただじっと、その人を見つめていた。


 私には、わかる。

 あれは、恋をしている目つきだ。


 足早に、その場を離れた。

 なんで、私のことをあんな目で見てくれないんだろう。ぼんやりと、そんなことを考えながら。


 いつのまにか、右手は堅く握りしめられていた。


 ※


「ねぇ」


 いつもの帰り道、私は彼に話しかける。


「私のこと、本当に好きなの」


 それ以上は、何も言えなかった。


 彼の唇は、一瞬だけ「す」の形に尖って──それから、真一文字に結ばれた。


「…ごめん。俺、星座に恋しちゃったみたいだ」


 彼は顔を歪めて笑う。


「なにそれ…」


 私も、ちょっと、笑う。


「別れよ」


「うん。俺も同じこと考えてた」


 ※


 再び、彼が言っていたオリオン座が見られる季節になった。

 私は一人で帰り道を歩きながら、夜空を眺める。

 私の嫌いな星々は、今日も眩い輝きを放っている。


 これがこいぬ座で、あっちはおおいぬ座で…。

 勉強しても覚えられなかった星座の名前は、彼に教えてもらってから、今でも私の頭を離れない。


 彼も今、私と同じように夜空を見上げているんだろうか。

 そして、口癖のように、「綺麗だ」なんてつぶやいているんだろうか。


 星のような銀色の涙が、今、私の頬をつたって流れ落ちていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] せつないです……。 主人公は彼の一等星にはなれなかったということだと思うのですが、そんな主人公はきっといつか誰かの一等星になるのだと思うのです。 今は星のような涙を流してしまうかも知れないけ…
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