友よ、いずれまた
知人の紹介で訪れた不動産屋は十三駅近くの分譲マンションの一室で、「コーチ不動産」とプラスチック板がドアに貼りつけてあった。
(大丈夫かなあ…無免許営業のややこしい業者やないんかいな)
秋山茂は湧き上がる不安を押さえこんでチャイムを鳴らした。
ドアを開けたのは七十前後のオヤジで、部屋の中は一応、事務所の体をなしており、営業免許も壁に掛かっていた。
「古沢さんの紹介で…秋山です」
「ああ秋山さんね、たいたいの話は聞いてくれてる?」
「はい、霊が出る部屋を格安で借りる人をさがしてるって…」
「たぶん気のせいやと思うんやけどね。試しに二日間泊まってみたけど何もなかったわ。もともと何か事件があった訳やないし、自殺とか殺人とか」
「それで二組も一ヶ月以内に引っ越したんですか?どんな霊を見たって言うてるんですか?」
「それが…笑うてまうで。おっさんの幽霊やて」
「あんまり怖くないですよね」
「出てきてもな。ほんまにおったら、テレビ局に売りこんで大儲けできるで」
「第一、大昔から幽霊がおるとしたら幽霊で溢れかえってますよ」
二人ともそういうことは信じないタイプの人間のようだ。
「そしたら物件の資料を見てもらおかな」
代表者の山場泰介と名乗ったオヤジはパソコンの画面を秋山茂に見せた。
そんなこんなで秋山茂が谷町四丁目のこのマンションに引っ越したのが十日前で、ハローワークや就職情報誌で職探しに専念していた。
幽霊らしきものが出る兆候もなく、秋山はここがいわく付きのマンションだということも忘れていた。
「昼飯は冷凍うどんでも」
と、立ち上がったときだった。
ドアを激しく叩き、「秋山、おるんやろ?」とわめく声がした。
秋山は軽く舌打ちしてから玄関の鍵を開けた。
「アガミ金融や。前よりええマンションに住んでるやないか。残りの二百万、返してもらえそうやな」
四十前後の目つきの悪い男が片笑みを見せ、後ろの大男を振り返った。
「そうでんな。ここも分譲マンションやし」
スキンヘッドの大男は太い首を巡らし玄関まわりから部屋の奥を値踏みするように見回した。
「何の話や。もう終わったから話すことはないって、さっき電話で言うたやろ。マンションも退職金も全部渡したやないか。ワンルームマンションでも五百万ぐらいで売れるらしいし、総額八百万の領収書ももらってるで」
「総額一千二十二万や。連帯保証人にも債務者と同じ返済義務があるのは知ってるやろ」
「名義変更の書類を渡すときに、社長がこれで終わりましたって」
「それは債務者が逃げる前の話や。端数はまけたるけど、二百万は返してもらわんとな」
「逃げた?やっぱり…。上田さん気の毒に。連絡つかんから心配してたんや。離婚もしてるし、変な気おこさんやろな」
「迷惑かけられたのに恨んでないんかいな。お人好しは損するで」
「ほっといてくれ。それよりもう鼻血も出えへんからな。ここのマンションも訳ありで二万の家賃で借りてるんや。高利で倍以上の金は取ったやろ、欲かいたらろくなことにならんで」
秋山の目つきが変わった。
「おい!好きなこと言うとったらあかんど」
スキンヘッドが四十男を押しのけ秋山の胸ぐらをつかんだ。
同時に秋山の膝がスキンヘッドの胃にめり込んだ。
胃液を吐いて白目をむいたスキンヘッドの横でうろたえる四十男に秋山は言った。
「社長にいうとけ。これ以上、欲かいたら長生きでけへんで。俺は失うものは何もないんや」
しばらくして四十男は回復したスキンヘッドに押しつぶされそうになりながら、ヘコヘコしながら退散した。
(ほんまに金の亡者やな。生きてる人間が一番怖いわ)
秋山はドアを閉めながら思った。
キッチンに戻りかけたとき、ふと人の気配を感じて振り返るとシューズボックスの前に人影が見えた。
「なんや、三人組やったんか?」
近づくと、六十を越えた小太りの男が立っていた。
先ほどの男たちと違い、細い目に眼鏡を掛けた人の良さそうな顔だった。
「違う、違う。通りがかりに、さっきのやり取りを見て、ぜひあんたに頼もうと」
「頼みごと?勝手に入ってきて…鍵かかってなかった?」
秋山は首をかしげながら電気を点けた。
「超える谷でこしがや、といいます。ちょっとだけ話を聞いてくれまへんか?お礼はとりあえず五百万」
越谷と名乗った男は血色のいい笑顔を見せた。
「五百万!?」