第六話 『ファーストバトル』
普通に生きたいと思っていたのに、どうしてこんなことになっているんだ。
これのどこが普通だって言うんだよ。
でもまぁ、人助けは良いことだしな。
悪い気もしない。
ここから始まる恋ってのもあるかもだし。
人気のない路地裏で、俺と男二人が鋭い視線を交えている。
お互いが相手の行動一つ一つに最大の注意を図っている。
それゆえ、どちらも全く動かない。
俺と彼らで路地裏の出入口を塞いでしまっているせいで、奥の少女が大通りに逃げることができない。
大通りには、だ。
背後の細道には逃げ込めるだろう。
が、男達の仲間がいるかもしれないし、どこに繋がっているかもわからない。
それに何より暗い。
とても昼間とは思えないほどの暗さである。
ちょっと前まで俺が居た暗闇世界よりはマシだが、それでもだ。
できるならそっちに逃げてもらった方が俺的には全力で戦えるのだが、やはり怖いのだろう。
そんなよく分からない道に、当てずっぽうに逃げるのは俺だって怖い。
これはしょうがないな。
「そろそろ動いたらどうだ?」
男Bが俺を急かす。
だんだん男らの権幕が悪くなっていく。
自分からは動かないようだ。
こういうのは先に動いた方が負けとはいうが、これ以上相手の機嫌を損ねるのはまずいだろう。
完全に機嫌を損ねてしまったら、本格的に何をしだすか分からなくなってしまう。
男Aなんて、今にもナイフを投げつけてきそうだ。
そうなった場合、こちらが一度避けてしまえば相手の武器はなくなりかなり戦いやすくなるが、あいつらも馬鹿じゃないだろう。
そんなことはしてこない。
男らの位置関係は男Aが少し俺に近く、BはAの斜め後ろにいる。
さっきまでは位置関係が逆だったが、入れ替わったということはこの形が彼らの戦闘配置なのだろう。
てことは、男Aがメインアタッカーか。
この状況だと、男Bを先に攻撃してメインアタッカーを潰すのが有効打かもしれない。
戦闘のイメージはできた。
装備は万全ではないが、先に動かせてもらおう。
「行くぞ?」
意味ありげな笑みをわざと作った俺は、そう言った直後に地面を蹴る。
俺の体はスピードに乗り、男Aとの距離を一瞬でつめる。
Aは、急な接近に驚いたのかナイフを俺の顔めがけて突き出す。
かなりひどいフォームだ。
我武者羅って感じ。
俺は、突き出されたナイフをしゃがんで回避し、その流れでAの腹に右の拳をねじ込む。
はずだった。
「!?」
硬い。硬すぎる。
俺の拳が、到底普通の人間からはならないであろう『ゴン』という音を立てて止められる。
こうかはいまひとつのようだ。
「いまひとつ」とか言ってふざけている場合ではない。
この距離だとナイフで刺されてしまう。
Aに接触したままの右手に再度力を籠め、Aを殴り飛ばす。
いや、今回は押し飛ばすという表現のほうが近いだろう。
体の硬さとは裏腹に、軽く飛んで行ったAは受け身をとれずに地面を転がる。
これにより、Bのほうが近くなった。
Bはフォーメーションを崩されたことに焦ったのか、何も考えず俺目掛けて一直線に走ってくる。
速い。
だが、俺より全然遅い。
俺は体を引くして、下段の回し蹴りをBの足元に直撃させる。
Bは足をとられ、横向きに倒れた。
トドメだ。
素早く立ち上がった俺は、Bの顔面に本気の蹴りを入れる。
正確には、鼻の下だ。
俺に戦い方を教えてくれた師匠も、正中線の中で鼻の下が一番いいと言っていた。
俺は、そこ目掛けて蹴りを入れる。
が、これも入らない。
ひらりと躱されてしまう。
Bは倒れた体制のまま後ろに飛び、この蹴りを回避したのだ。
転がっての回避ではなく、倒れた状態から後ろに飛んでの回避。
不自然な動きだ。
あの状態からどうやって後ろに飛ぶんだ?
あんな技、生前に見たことがない。
この世界オリジナルの技なのだろうか。
俺もやってみたい。
まぁ、今はそんなこと関係ない。
避けられたなら、次の技を入れる。
それだけだ。
俺の蹴りを躱し、不自然な飛び方で体制を立て直したBに、再び距離を詰めて攻撃を仕掛けようとしたその時、
音もなく近づいてきた陰に気づき、急ブレーキをかけ後方に飛ぶ。
間一髪。
間一髪というところで、Aのナイフを避ける。
気配を消して近づいてきたAは、前方に出てきたことではじめのフォーメーションに戻ってしまう。
ふりだしに戻って来てしまった。
もう一度地面を蹴り、Aとの距離を一瞬で詰める。
Aは下から弧を描くようにナイフを振り上げる。
遅い。
これなら余裕をもってナイフを躱し、Aの守りの弱そうな部分に全力の拳をねじ込むことができる。
「!?」
できるはずだったのだ......
Aを殴れそうなほど距離を縮めた瞬間、急に右足が動かなくなった。
否、動かなくなったのではない。
何かに引っかかっているみたいだ。
それにもかかわらず、俺の右足元には何もない。
不可視の何かに引っかかっているように進行を阻害されている。
倒れる。転ぶ。
このためだったのか。
弧を描くようにナイフを振り上げていたのは......
まるで俺が転ぶのが、あらかじめ分かっていたかのような行動。
そうであるなら、今俺が転んでいるのはこいつの仕業なのか?
しかし意味が分からない。
だが今は、そんなことを考えている暇はない。
一刻も早くこのナイフを避けなければ。
ナイフに頭を貫かれて死んでしまう。
Aのナイフが、眼前まで迫ってきた。
俺は体をひねり、ギリギリでナイフを回避する。
が、転んでいる最中に体を横にしてしまった。
これでは体制を立て直せない。
案の定、俺は横向きに倒れてしまった。
戦場で転ぶのはかなり危険だ。
早急に立て直さなければ。
だが、そう簡単には起き上がれない。
Bのように良く分からない回避術が使えれば一瞬で立ち上がれるかもしれないが、そんな技術俺にはない。
倒れた俺に追い打ちをかけるように......
いや、追い打ちをかけているのだ。
俺はAに蹴り飛ばされる。
蹴り飛ばされた先がこれまた最悪で、Bの足元まで飛んできてしまった。
やばい。
絶体絶命だ。
地面に転がっている状態で、男二人に囲まれている。
見える、見えるぞ。
この先の未来が手に取ったように見える。
俺はこれから、この二人にタコ殴りにされるだろう。
いや、蹴りかもしれない。
そんなのどっちだっていい。
どちらにしろ、一方的にボコスカやられるのには違いない。
で多分、その後に殺される。
短かったな異世界生活。
さようなら異世界生活。
俺、結構強いと思ってたんだけどなぁ
理解できない技には対応できなかった。
強いってのは、思い上がりだったみたいだな。
男二人が足を振り上げる。
ああ、これは痛そうだ。
異世界生活を諦めかけたこの時、周囲が明りに包まれた。
なんだ、何も見えない。
暗い路地裏が急に光ったせいで、より眩しく感じる。
何も見えない光の中で、誰かに腕をつかまれてどこかに連れていかれる。
場所を移して楽しもうということか。
楽しむといっても、俺はボコボコにされるだけなのだが......
それじゃあ俺、楽しめないよ......
俺も楽しませてほしいです。
それにしても今、俺をつかんでいる手は小さくて柔らかい。
あの男達の手って、こんなに女の子らしかったんだな。
否、そんなわけがない。
この手はどう考えても女の子の手だ。
おそらく俺が助けた女の子だろう。
まさか俺が助けようとした女の子に、俺が助けられるとはな。
なんだか情けない。
でも本当に助かった。
あいつらの気配が無くなったら、お礼を言おう。
光が薄まってきた。
どうやら俺は、路地裏の物陰に連れてこられていたみたいだ。
奴らはというと、居なくなった俺たちを探しているみたいだ。
何やら二人で会話した後、路地裏から大通りへと出ていった。
俺たちが大通り側に逃げたと思ったのだろう。
ふぅ、これで一安心だ。
「ありがとうございました!」
俺は名前も知らない少女に、深々とお辞儀する。
おそらく俺は、彼女に救われなかったら今頃男らに連れ去られていただろう。
異世界転生生活が一日足らずで終わるところだった。
本当にありがたいことだ。