第五話 『よくある出会い』
歩くのに疲れはじめてからというもの、椅子を探し続けているがなかなか見つからない。
見つけたとしてもその全てに先着がいる。
変わってほしいものだ。
「その椅子、譲ってもらってもいいですか?」
そんなことがこの元引きこもりに言えるはずもなく、見つけた椅子を横目に通り過ぎる。
なぜ座っている人の半分がカップルなのだろう。
見せつけられてんの?
自慢してんの?
彼女がいたことのない俺のこと馬鹿にしてんの?
正直、見せつけるように街中でイチャイチャしているカップルの気持ちは微塵も理解できない。
どういう気持ちで見せつけてるんだろう。
やっぱり、見てほしいのだろうか。
なら見てやろうじゃないか。
特に女の子の方を重点的に。
ぐへへ......
なんてね。
顔も合わせたことないような他人に見せつけてなんの意味があるのか。
分からんな。
おそらく、俺には縁のないことだろう。
あんなおアツい空間に水を差して座ろうものなら、物凄い目で見られるに違いない。
「空気読めよ」みたいな感じで。
変な目で見られるのはもう嫌だ。
あれは精神的に結構つらい。
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あれからいくつかの椅子を見てきたが、どれも空いていなかった。
ベンチ恐怖症になりそうだ。
今まで見てきた感じ、徒歩と自転車(?)以外の交通手段がないのにもかかわらず、椅子がほとんどない。
これでは歩き疲れた人が座る場所がないでは無いか。
もうその辺に座っちゃおうかな。
座る場所とかどうでもいいから早く座りたい。
「でも、床に座るのもなぁ
こう見えても俺はきれい好きなんだ」
と、見渡す限りで見た目が一番汚い男が言う。
床には座りたくないと座れる椅子を探していると、正面から走ってくる少女にぶつかってしまった。
これまで人混みを綺麗に避けて走ってきていた黒髪ロングの少女が、とうとう俺にぶつかってしまったのだ。
少女は少し小柄で、彼女からぶつかってきたのにあっさり俺に跳ね返されてしまう。
彼女は小さな声で「きゃっ!」と言いながら尻餅をついてしまう。
周囲の人々は、倒れている少女を横目にせかせかと歩いて行ってしまう。
生きいそいでるなぁ。
何をそんなに急いでいるのだろう。
少女が転んでいるのに完全無視で通り過ぎる
ラブコメだとこういう出来事が、恋に落ちるきっかけになるのだ。
思えばこれが、彼女との最初の出会いだった。
とか言って。
中学生くらいだろうか、
俺より少し幼いが、年下も悪くない。
ロリというよりかは、少女という感じか。
だが残念。
これは、ラブコメじゃない。
ぶつかられた程度で、恋になど落ちたりはしない。
大丈夫か、と手を伸ばす。
「すいません」
彼女は、そう言って俺の差し出した手を使わずに立ち上がる。
自分からぶつかったのに「手を使って立ち上がるなんて」とか思ったのだろうか。
遠慮なんてしなくていいのに。
それとも、触りたくないと思えるほど汚いのか......
それだとかなり傷つくな。
まぁ、汚いのは事実なんだが。
立ち上がった彼女はぺこりと一礼した後、そそくさと走り去ってしまった。
まるで何かから逃げるように......
あんなに急いでいたら、また誰かにぶつかってしまいそうだな。
こんな出来事、通行人は誰も気づいていないようだが、木をまたいで反対側の通路。
そこには、何かを探しながら歩いている男二人組がいた。
年上の不良といった感じの二人だ。
筋肉質のお兄さんたちだ。
だが、決めつけはよくない。
悪い人ではない可能性もある。
見た目とは違う人もたくさんいるはずだ。
男らは、何かを見つけたようなそぶりをした後、彼女が走っていった方に走り出す。
嫌な予感がする。
念のため、後をつけてみるとするか。
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後をつけ始めて少ししたころ。
男二人のうち一人が路地裏を指さして、二人で路地裏に向かう。
おそらくあの少女は追い込まれるだろう。
男が入っていった路地裏は確か行き止まりだったはずだ。
俺もあそこで行き止まったからわかる。
ここで彼女の前に現れて助ける。
なんというか、テンプレだな。
俺はここで彼女を助けて、ヒロインとの出会いのきっかけを作るのだ。
俺は男二人が入っていった路地裏にゆっくりと近づく。
近くまで来て、姿を隠して耳を澄ます。
男二人は、
「お前は、見てはいけないものを見てしまった」だとか、
「始末しなければいけない」
だとか、生前のアニメでよく聞いたような、ありきたりなセリフが聞こえてくる。
この辺でかっこよく登場すれば、彼女からの好感度が上がるかもしれない。
前例がないほどのカッコイイ登場をするとしよう。
「あのぅ......」
これは、失敗したなぁ......
人見知りが出てしまった。
長年の引きこもりが凶と出た。
ゴマをするように腰を屈め、手をこすりながらそう言う俺を、誰がカッコイイと思うだろう。
登場大失敗だ。
俺の人生初ラブコメは、始まる前に終わりを迎えた。
じゃあね、恋愛。
また会えるといいね。
男二人は、俺の失敗した一言目を聞いて振り返る。
鋭い目つきだ。
彼らの視線が俺の体に深く突き刺さる。
痛いです。
二人にしては痛い視線だ。
まぁいい。
少女は無事だろうか。
追い詰められた少女の方を見る。
そこには、「なんだこいつ」みたいな目で俺を見ている黒髪少女がいた。
こんなのでも、一応は助けに来ているのでそんな顔はしないでほしい。
傷ついちゃうよ?俺。
「なんだお前?」
背の高いほうの男がそう尋ねてくる。
こいつのことは今後、男Aと呼ぶことにしよう。
男Aは眉間にしわを寄せて、機嫌の悪そうな顔を作っている。
男B(背の低いほうの男)も似たような顔をしている。
二人とも定期的に顎を突き出して威嚇してくる。
鶏みたいである。
「え、えーっとぉ、道をおたずねしたいんですけどぉ......」
明らかに今考えたと言えるような嘘を言う。
大通りにはたくさんの人がいるというのに、わざわざ路地裏まで来て怪しいお兄さんに話しかける迷子がどこにいるだろう。
さすがに無理があるだろうか。
「そうか、それは大変だな。道を教えてやろう
しかし、ただで返すわけにはいかない」
「そうだな」
彼らは顔を合わせた後、俺に向かってそう言った。
おっ、これは意外とちょろいのでは?
あんな嘘まるわかりの発言を信じて、会話をしてくれている。
少し申し訳ないが、道を教えてもらっているふりをしながら彼らの隙を窺い、攻撃を仕掛けよう。
卑怯だなんて思うなよ。
こいつらは、腰に刃物を隠し持っている。
俺が一声かけたとき、バレないようにナイフを隠していたが俺の目はごまかせない。
ハハ、残念だったな。
彼らは今のとこと友好的だとはいえ、攻撃しに飛び掛かって来るかわからない。
慎重にいかなければ。
まずは、「ただで返すわけにはいかない」と言っていた件についてだ。
ただで返すわけにはいかないというのは、おそらく俺を処分するということだろう。
処分すなわち殺す。
一人の少女を殺そうとしている場面を見られたのだ。
まぁ、仕方がないと言えば仕方ないだろう。
こいつらが殺しに来た場合、俺も全力で抵抗させてもらうとしようじゃないか。
おそらく勝てるだろう。
しかし、できるだけ穏便に事を済ませたい。
こいつらは、俺が迷子になっているこ自体は信じているみたいだ。
何とかすればいい感じに話を進められるかもしれない。
俺のコミュニケーション能力が試されるところだな。
「教えていただけるのであれば、俺にできることなら何でもしましょう」
何でもするという言葉。
こんなに汚い男が言ったところで効果は薄い気がする。
俺がもし女の子ならば少し効果があるかも知れない。
エッチなこととか。
いやぁん。
私、何されちゃうんだろう。
なんてね。
俺の言葉を聞いてこいつらがどういった反応を示すかによって、今後の行動が決まるな。
この分岐点は、彼らの手によって変わる。
「お前、いつまで俺らにくだらない茶番を続けさせる気だ?」
「ですよね~」
俺は諦めたように笑う。
なんてこった。
嘘がばれていた。
俺の茶番に乗ってくれていたのだ。
なんて優しい不良さん。
ギャップ萌えしちゃいそう。
冗談はさておき、これは穏便にはいかなさそうだ。
もう話は合わせてくれないらしい。
もっとも、彼らが俺の茶番に付き合っているのは分かっていた。
二人は、俺を馬鹿にするように相手していた訳だしな。
俺には人を馬鹿にする奴の目くらい分かる。
引きこもり舐めんなよ。
あの時。
彼らが俺に話を合わせる前に顔を合わせたとき。
あれは完全に、俺を馬鹿にする目だった。
「このガキは何を言っているんだ?w」「馬鹿なんじゃねぇの?w」みたいな感じで。
ガキだからと言って舐めないでいただきたい。
俺はこれでも強いんだ。
まぁガキとは言っても、本来ならそろそろ高二の16歳ニートなのだが......
まだだ。
まだ、穏便に事を済ませることができるはずだ。
「俺の顔に免じて、その子を解放してあげるなんてことは......ないですよね」
俺の顔のどこに免じるというのだろう。
俺がダメ元の提案をしてみたが、途中で彼らの顔がみるみる不機嫌になってきたのでこれはもう無理だと思う。
おそらく俺は、どこかのルート選択をミスった。
いや、もしかすると初めからルート選択なんてなかったのかもしれない。
強制イベントと言うやつだ。
ここまで状況が悪いと、もう穏便に終わらせることは無理だろう。
男Aは隠してあったナイフを抜き、男Bは拳を構える。
戦闘態勢だ。
これはまずいな。
ふざけてはいられない。
殺し合いになる。
彼らは人を殺す目になった。
俺からもさっきまでのヘラヘラした笑みは消え、戦いの顔になる。
吹いてもいない風が、俺のボサボサの髪を揺らした気がした。