第二話 『闇・光』
俺は昔、他人は本当に存在するのかと疑問に思っていた。
『我思う、故に我あり』
自分がこうして存在しているのは確かだが、他人は存在するのだろうか。
むしろ自分が思うから他人が存在しているのではないか。
他人は自分で生み出した他人。
他人は他人であるが他人ではない。
他人が自分で作り出した存在なら、他人を制御するのは容易なのだろうか。
否だ。
俺の他人を操る力が足りないのか、他人は他人でしかないのか。どうしても操ることができない。
おそらく後者だろう。
奴らは他人という皮を被り、どこか知らないところで自由に生きている。
自由にのうのうと、他人への迷惑など気にもせずに生きている。
俺にとっての他人は、存在してほしくないと思えるほど自分にとって害役だった。
他人は俺を邪魔するもの。
他人は俺を不幸にするもの。
他人が嫌いだ。
ついでに自分も嫌いだ。
信用できるのは、この世界でたった3人。
自分を信用させられない他人も、たった3人しか信用できない自分も、哀れで、幼稚で、自分勝手で、どうしようもなくて。嫌いで、嫌いで、嫌いで。嫌で、嫌で。
つらい
暗く、誰もいない部屋に一人。
自分と他人を嫌い、心を閉ざす。
パソコンの画面だけが明るく、俺の死んだような顔を照らす。俺の死んだような瞳に反射する。
友達などいるはずもなく、四六時中画面と対峙する。
こんな自分を嫌いつつ、変わろうと努力しない。自分を嫌い怠惰に過ごす俺は、今日もおめおめと生きている。
学校に行かない俺に投げかけられるのは、いつも決まって「たまには出てきなさい」という乾いた言葉。
最悪の言葉だ。
そんなに親しくもないおばさんは、俺がどうしてこうなったか知ったうえでその言葉をぶつけてくる。
無責任に「外に出ろ」、と。
鬱陶しい。
気持ち悪い。
こんな世界、早く壊れないかなぁ
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落ちる。落ちる。落ちる。
俺は崖から落ちて地面に激突したはずだが、それでもまだ落ちている。
今現在、こうして落ち続けていることもかなり不思議だが、それより不思議なことは意識があるということ。
確かに俺はついさっき死んだはずだ。
まさか死後の世界なんてものが存在するのか?
万が一死んでなかったとしても、こうして落ちているのはおかしい。
俺は死後の世界なんてものは信じてない。
というよりも信じられない。
だってしょうがないじゃん?
俺は死後の世界から来た人に会ったことがない。
そもそも、会ったことのある人なんているのか?
科学的根拠が一切ないため、死後の世界という存在をこれっぽっちも信じられない。
夢としては面白いが、信じてはいないのだ。
いつだったか、「異世界行きて~」とか思った気がするが非現実的すぎる。
まぁ、べつにそれを悪いことだなんて言う奴はいないだろう。
しかし俺はそれだけでなく、ほとんど何においても信じられない。
他人が言い出したことに関しては特にだ。
ドキュメンタリー系の番組で言っていることなんて、とても信じられない。
友達が言っていることも信じられない。
ん、ちょっと待て。友達?なんだそれ、笑わせてくれる。
忘れていた。俺に友達はいなかった。
べ、べつに友達なんて欲しくないんだからね!......男の典型的ツンデレってなんだかむなしいよね。
そんなことはどうでもいい。一体ここはどこなんだ。
普通の場所ではないことは確かだ。
普通の場所ならここまで暗いことはないだろう。
そう、とても暗いのだ。闇そのものだ。
黒以外の情報が入ってこない。
どれほどの速度で落ちているのか分からないし、自分がいる場所の広さすらも分からない。
もしかして俺、魂だけの存在になっちゃってる?
どうか、周りが暗いだけであってください。
魂だけってのは、何もすることがなくてつまらなさそうなのでやめて欲しい。
そう願いながら手を目に当てて確認すると、目がしっかりとついていた。
目を直に触って痛い。
だがそれと同時に、自分の体がしっかりと正常であることも確認できた。
すべての関節を自分の思うままに操ることができる。
おっと、話がずれてしまった。
今考えるべきは、ここがどこかということだ。
俺は確かに死んだのだ。
あの高さを頭から落ちたのだ。絶命待ったなしだ。
万が一にも、生きているなんてありえない。
こうして死んだことがほぼ確実となってしまった。
ということは、ここは死後の世界か。
ここが死後の世界ということは、異世界転生したということなのだろう。
死後の世界なんてものは信じていなかったが、実際に自分が体験すると信じざるを得ない。
やったね、夢にまで見た異世界転生だ。
夢にまで見たあの異世界が、こんな黒一色で何もない世界だなんて。
なんだか気分が沈んでしまう。
俺の体も沈んでいる。
一体いつまで落ちているのだろう。
まったく床が迎えに来ない。
この世界に来てからというもの、休みなく落ち続けている。
落ちているといってもゆっくりと、だ。
落ちるというより降ろすと言った方が適切な気がする。
これほどゆっくりなら、たとえ底に落ちたとしても衝撃も大したことないだろう。
この状況はいつまで続くのだろうか。
これでもかというほどの暗闇世界で、何もすることがない。
とてつもなく暇だ。
今までパソコンばかりいじって来ていた手前、己の体だけでできる事が全く思いつかない。
パソコンくらい使わせてほしいものだよなぁ
過去、何もない部屋に長時間入れられ続けるという拷問があったらしい。
今この状況、その拷問なのでは......
おい、俺をここに連れてきた奴。
何てことしてくれやがった。
何もできないなんて拷問、考えるだけでも恐ろしいのにこうして自分が受けることになるなんてな。
かなりしんどい。
何もないこの世界で、何をすればいいのだろう。
ずっとここにいると気がおかしくなるかもしれない。
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考えるとこもやることもなくなり、かなり時間がたった。
あれからどれだけの時間がたったのだろう。一度、眠ってしまっていた。
落下しながら寝るなんて初めてだ。
貴重な経験をしたものだな。
ちなみに、さっき言った拷問は寝ることすら許されなかったらしい。
そう思うと、今のこの状況はまだマシなのかもしれない。
まぁ、マシとは言ってもしんどいことには変わりないのだが。
で、どれだけ寝たかはわからないが、寝て起きても相変わらず落ち続けているし、景色も何一つ変わっていない。
これ以上何も起こらなければ、本当におかしくなってしまいそうだ。何とかして精神を保たなければ。
どうやって精神を保つかを考えている最中、背中に何かが当たった感覚がした。
その感覚に、俺の心は踊った。
背中に当たったそれは、体全体をしっかりと支えてくれる。
これは今までになかった安心感を俺に与えてくれた。
俺の背面すべてに当たっているそれ。
さらにそれには、しっかりと立つことだってできる。
それはかなり大きくて広い。
床だ。
久しぶりの床。地面。
やっと体を安定させることができる。
景色は相変わらず真っ暗なままだが、床という接触点が加わるだけでかなりの進展だと思う。
床は、ここまで安心できるものだったのだな。
やったね床。
最高だよ床。
愛してる。
床に触って、ここまで喜ぶ人はなかなかいないだろう。
不思議な体験だ。
こうして床に到達はしたが、何もしなければ何も進まない。何一つ見えない場所で、うかつに動き回るのは危険かもしれないが、今は動きたくてしょうがない。
このままじっとなどしてられない。
そうして俺は、歩き始める。
これが異世界転生なら、椅子に座った女神とか神様とかが「あなたは死んでしまったのです」とか言ってくるのだろう。
アニメで見たことがある。
女神もしくは神様にあったら転生特典とかもらえちゃうんじゃないか。
「何を頼もうかなぁ~」
「伝説の剣とか貰いたいな。裕福な家に生まれなおるのもいいかな
でもやっぱり、あいつを生き返らせてほしい」
俺はあいつが好きだった。
別に、恋愛的に好きだというわけではない。
家族として大切なのだ。唯一の家族として。
あいつもこの異世界にいるのだろうか。
俺が今まで見てきたアニメではそんなに都合よく、ポンポンと転生できているわけではなかった。
この世界にあいつがいる可能性は低いだろう。
(神様に生き返させられた存在は、本当にそいつなのだろうか)
ふと、そう思ってしまった。
もしあいつを生き返らせてもらったところで、それが用意された器なら完全に俺の自己満足だ。
自分が殺させてしまったことの罪悪感から、勝手に生き返らせたところであいつは喜ぶのだろうか。
生き返らせたいが、生き返らせたくない。
正反対の意見が自分の頭で奮闘する。
一体どうするのが正解なのだろう。
あいつを生き返らせることについてこうして考えているが、また会いたいという気持ちは変わらない。
大切な家族だから。
まぁ、こうやって考えていることも、もしものことだ。
女神か神様に会えて、願いを叶えてもらえるということ前提。
さらに、いくら神レベルの存在でも人を蘇らせることはできないかもしれない。
実際に会ってみないとわからないな。
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歩き出してから、『もし女神や神様に会ったら』なんてこと以外にもたくさんのことを考えながら歩いてきた。
いつまで歩けばいいのだろう。
いくら歩いても変化がない。
落ちていた時と同じだ。
床にたどり着いて喜んでいたことが、ばからしく感じてきてしまう。
歩き始めれば少し精神を保ちやすくなると思っていたが、あの時とまったく変わらない。
つまらなくてしょうがない。
そうだしりとりをしよう。(1人で)
まずは『しりとり』の『り』からだ。
「りん......」
しりとりを始めた直後、この世界に変化が訪れた。
ある地点を過ぎた途端、背後から光を感じた。
振り返ってみるとそこには出口のようなものがあった。
いきなり出口っぽいものが現れたのだ。
出口っぽいそれは、ずっと暗い所にいたこともあってかなり明るく感じる。
真っ暗な背景にポツンと光。
こうした変化は床についた時よりも喜ばしいはずだが、異様な雰囲気を放つ光の出口は喜びを受け付けない。
自分にとって都合の良いものはだいたい罠なのだ。
床で喜んでいたときは何も考えずに動き回って、今考えるとどうかしていた。
今回は慎重に行動しなければ......
とはいえ、ここをくぐらなければ何も変わらないだろう。
俺の長年の勘が、ここをくぐらなければならないといっている。(16歳)
そうだ、たとえこれが罠だとしても他にすることがない以上、くぐらないという選択肢はない。
危険を承知で、出口に向かって歩き始める。
出口を通り抜けた瞬間、黒い世界が音もなく消え、白一色の世界に閉じ込められる。
身体中に光を叩きつけられ精神的に痛い。
「また、このパターンかよ」
一体どれだけ拷問を受ければいいんだ。環境が変わっても同じ拷問。
「異世界、面白くない」
そう思った刹那、体に打ち付ける光がいっそう強くなり思わず両目を手で覆ってしまう。
その光は俺を飲み込み、この世界ごと俺の存在を消滅させた。