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転生したら普通に生きたい  作者: 猫又犬太郎
第1章 『転生』
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第一話 『はじまり』

「力が足りなかった」


 彼は、夜明け前の展望台で呟いた。

 それは誰かに向けたものではなく、ただ口から零れ落ちた後悔。

 心に収まりきらなかった後悔が、口からポロリと零れ出す。


 間に合わなかった。

 力足らずだった。

 まだ暗い朝方の山に、一人の後悔だけが響く。


 不自然なほど沈黙を貫くこの山は、彼が放つ僅かな音さえも大げさに響かせ、彼の小さな一言さえも目立って聞こえさせている。

 聞きたくもない声は、誇張されて自分の耳に帰ってくる。

 あまつさえ、それは自分の後悔だ。


(もう、うんざりだ)


 そう、もううんざりなのだ。

 ただでさえ認めたくない現実に加え、自分のみっともない後悔を自分で聞く。

 打ちのめされている自分に、自分で追い打ちをかけている気分。



 力が足りなかった。


 これまでかなりの努力をしてきたが、それだけでは足りなかったらしい。


 ただ一人だけを守りたいという一心で彼は力を欲し、あらゆる戦闘技術や護身術を極め続けた。

 そうして身に着けた膨大な力は、その一人以外を傷つけるだけ傷つけ、たった一人だけを守れないものだった。


 努力が足りなかったのか、相手が悪かったのか、使い方が悪かったのか。

 何が悪かったのかわからない。

 すべて悪かったのかもしれない。

 いや、もう反省はやめよう。すべて終わったのだ。

 唯一を守れず、唯一を失ったこの世界に、生存し続ける意味は何もない。

 それに、ここはもう彼が生きられる世界ではない。



 自分の実力に心残りがある彼だが、決して弱いわけではなかった。


 むしろこの日本国内ではかなり強いほうだ。

 命を落とさずにここまでたどり着くことのできた彼は最強と言っても過言ではないだろう。


 かつてあれだけ平和だった日本は、たった二人の義兄弟によって大きく変えられてしまった。

 大きく変貌してしまった。

 もう、前までの日本はない。


 二か月前から、警察や自衛隊出身の人を含め武器を持った大量の戦士であふれ、一般人は外出を控えるようになった。


 しかし、この暗い雰囲気の日本も今日で終わりになるだろう。

 これからは少しずつ平和な日本に戻っていくはずだ。

 どのように戻っていくのか、彼には分らないし分かろうとも思わない。

 完全に元に戻ることは無いかもしれない。

 しかし、気にもならない。

 彼にとっては、どうでもいいことだ。



 森の木々が『サワサワ』と音を立てて、風に揺れる。

 夜の闇が、彼を黒く染め上げている。


 この山頂に転がる肉塊が二つ。

 展望台から、少し離れた地面に二つ。

 彼からは、暗闇が邪魔をしていてそれが見えない。

 だが、それがそこにあることは知っている。


 出しえる限りの血液を出し尽くし、ぐったりとした筋肉質なそれは、もう二度と動き出すことはないだろう。

 その二つの塊から出てきたドロッとした黒い血液は、進んだ先で混ざり合い、音が死んだ山道をゆっくりと下っていく。



 彼は今、展望台に立っている。


 この展望台は木造かつ良いデザイン。

 円形の展望台の真ん中には小さな円形の屋根が付いており、屋根の下には、木製の机と椅子が置かれている。

 星を見るのに邪魔にならないように付けられたその屋根は、なんとも言えない良い雰囲気を作り出している。


 さらにここには光がまったくなく、月の光だけがこの場を照らしている。

 星を見るには絶好の場所だといえるだろう。


 ()()()()()()()()()()


 彼の足元には、一人の男が力なく倒れている。

 しかし、こいつはまだ生きている。とはいえ、こいつもすぐにあそこの奴らと同じ、ただの肉塊となるだろう。

 既に目の光は失われ、口呼吸で何とか生命をつないでいると言った感じだ。


 さらには、倒れている彼を中心に大きな血だまりが出来上がっている。

 これだけの量の血を出していて、生きてはいられない。

 ショックか大量出血か、いずれにしろこいつもすぐに死ぬ。


 こいつからあふれ出てくる血液は、大きな血だまりを作る。

 血だまりは広がり続け、今にも展望台から零れ落ちそうだ。


 彼は流れていく血液を横目に見ながら、覚悟を決める。

 いや違う、覚悟ならとっくに決まっていた。

 既に決まっていた覚悟を、改めて確認したのだ。


 いや、覚悟というよりは諦めに近いのかもしれない。



 展望台の一方。手すりの向こうには崖がある。


 彼は目の前にある手すりに軽やかに飛び乗り、手すりの上でバランスをとって崖の下をのぞき込む。


 50メートルほどだろうか。


 頭から落ちれば確実に絶命するだろう。


 崖の高さを確認した彼は180度体を回転させ、重心を後ろに傾ける。

 重力に身を任せ脱力。自由落下が始まった。


40m 展望台から、あいつの血液が一滴零れ落ちる。


30m 空に、太陽の光が差し始めた。


20m 落ちてくる血液が、彼を追い越す。 


10m 体が、風を切り裂く音がする。



 先に落ちた一滴の血に、グシャりと音を立てて飛び散る大量の血が覆いかぶさった。


 絶命。


 太陽が、遠くに見える山の頂上から新しい朝を連れてくる。


 3月18日。平和な朝が訪れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうもはじめまして。 作品も拝見しました。 とても面白かったです。 (*^▽^*)
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