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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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レナ 3話

 テーブルには、ガラスの花器に生けられた花束が、殺風景な一人暮らしに色を添えていた。壁紙もインテリアもシックな色で統一しているので、黄色とオレンジの花の周りだけフェミニンな風が吹いている。

「おまかせにして正解ね。さすが花屋」

 新しい友人を思い浮かべ、ふふっと笑う。

 レナは、住んでいるこの古いビルの一階で古書店を経営している。ノイケルン地区のドナウ通りの一角だ。

 周囲には洒落たカフェなどがあり、無造作に本を積み上げているだけの当初は閑古鳥も鳴けない有り様だった。

 オーナーとしてはそんな状況を打破すべく行動を起こさなければならないのだが、半分趣味のようなレナは居心地の良さだけで満足していた。


『 緑のある空間はめっちゃオススメ!』


 そこへふらりと(本人としては営業目的だと思うが)現れたのが、花屋のラファエル・カノ。特徴のあるイントネーションで喋る楽しいスペイン男だ。

 グリーンの鉢植えはレンタルで月イチ、フラワーアレンジメントは買い取り契約で週に二回配達してもらっている。かなり大盤振る舞いの契約だったが、とにかくこのラファエルという男は人当たりがよくて、気づけばいい気分で花を買っているのだから商売上手としか言いようがない。

「思い出し笑いか?」

 不機嫌そうにも聞こえるルイスの声に、レナはパンをうっかり喉に詰まらせかけて咳き込んだ。

 振り返ると、むすりとした顔の義弟が廊下の壁にもたれて立っていた。

「なによ、嫉妬なの? あたしの可愛いこぐまちゃん」

 くしゃりと相好を崩してレナが笑う。

「二十六歳にもなる男に向かってちゃん付けはやめてくれ」

「あらぁ、年齢の壁は超えられないのよ? それよりちゃんと眠れたの? 早くない、起きてくるの」

 ルイスのココアの準備にソファを立ち、キッチンへ向かいながら訊ねた。眠いのか不機嫌なのか、どちらともわからない表情でルイスがレナと入れ替わるようにリビングのソファへ腰を下ろす。

 少しして、甘い香りを漂わせているココアと朝食を載せたプレートを持ってレナが戻ってきた。プレートはテーブルへ、ココアはルイスへ手渡す。

 やはり顔色が悪い。ルイスの横に腰を下ろし、ぼんやりとカップの湯気を眺めている横顔をレナはみつめた。最近ベルリンを騒がせている殺人事件のせいに違いない。食欲がないように見えるのもそのせいだろう。

「もう少しベッドでゆっくりしていてもいいのに。朝食をベッドまで運ぶサービスくらいいくらだってしちゃうから」

 レナはルイスの頭をかき混ぜるように撫でた。柔らかな金髪が指の間を通り抜けていくのが心地いい。

「なに、その顔」

 レナはうっかり噴き出しそうになるのを堪えた。自分のことを二十六歳にもなる男だと言ったばかりなのに、ルイスは唇を尖らせてあからさまに拗ねた顔を見せていた。

 未だに弟扱いされることを嫌うルイスだが、なにせ初恋の相手と成就した恋人関係なものだから圧倒的に経験値が不足していた。つまり男女の関係になったのもレナだけーー。

「だめだめ。アンタのその顔はあたしにとって可愛いだけだから。なんでも言うこときいたくなっちゃからやめて」

「だから可愛いとか言うな」

 さらに拗ねた顔になる。

「だったらそんな可愛い顔はよして。今からでもベッドに戻る? 食事はこのまま運んであげるからもっと寝たほうがいいよ」

 からかうのはやめてレナは寝室を指して言った。

「いや、いい」

「そんな疲れた顔してなに言ってんのよ」

「だってベッドにレナはいないんだろ。俺ひとりじゃ寛げないから」

「ヤダッ。ちょっとほんとにどうしちゃったの。今日のルイスはめちゃくちゃ可愛い……ごめん」

 一旦口を閉じたレナだが、すぐに顔を綻ばせてルイスを抱き寄せた。

「甘えたさんなところも愛してる」

 そっと体重をかけてくるルイスが可愛くてしかたがない。レナはルイスの目尻に音を立てるようにしてキスをした。


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