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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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色とりどりの 第12話

 ラファエルの店はすぐにみつかった。

 店頭には十一月も終わりだというのに色とりどりの花が揃っていた。

 テラコッタやバスケットに入ったグリーンの鉢植え。スペイン人の彼らしい明るい配色のアレンジメントの数々が並ぶ。

 〈わりと人気がある〉とラファエルが自慢していた通り、さまざまな年齢層の客が入れ替わりやってくる。

 若い女性から妙齢のご婦人、小さな女の子やスーツ姿のビジネスマンに至るまでラファエルは大輪のひまわりみたいな笑顔で接客していた。

 溌剌とした声は冷え冷えとした空気を温めているように感じた。忙しそうな様子にレナは客が切れるのを待った。

 どれくらいその場で立っていただろうか。冷えた手をこすり合わせて息を吹きかけていると、ラファエルがこちらに気づいたことがわかった。

 店先でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こちらに向かって両手を大きく振ってレナの名前を叫んでいる。

「レナァァァァァァッ」

「大声で叫ばないでよ、恥ずかしいじゃない」

 レナも大声で反論しながら歩道の石畳を蹴ってラファエルのもとへ駆け出した。

「レナ、店の中で待ってて。すぐに行くから」

 新たに訪れた客のもとへ向かいながらラファエルが店の中を指した。

 常連客らしい若い女性と世間話を織り交ぜて、希望に応じた花やアレンジメントを勧めるラファエルの声を背後に聞きながら、レナは店のドアを開けた。

 足元をひやりとした空気が漂う。

 高低差をうまく使った棚にも華やかなアレンジメントが飾られていた。白や黄色、薄いピンクに鮮やかな赤。それらの傍らにモンステラやエヴァフレッシュなどのインテリアグリーンがあり、まるで小さな植物園を訪れているようだ。

 柔らかな間接照明は窓から入ってくる陽光の邪魔をしないし、花の香りや緑の息吹にも似た濃い芳香を視覚的にうまく調和させているように思える。自分の生活にはない色と匂いだ。

 最近はラファエルのプレゼント攻勢のおかげで、以前より花の香りやカラフルな色彩がレナの私生活を華やかにしてくれている。

「レナ、おまたせ」

 ばたばたと忙しない足音を立ててラファエルが戻ってきた。

「忙しいときに来て悪かったわね。出直した方がよければ出直すけど」

「平気。朝のこの時間は大抵混んでるからな。一区切りついたから後はのんびりできる」

 プランターか鉢の土でもいじっていたのか。ラファエルのエプロンに泥がかなりこびりついていた。

「店の場所を聞いていたのに行ったことないなと思って」

 仕事中のラファエルを見るのはとても新鮮だ。目の前の顔はいつもの屈託のない笑顔なのに、知らない人間のように見えた。客に見せるよそゆきの顔が不思議だった。

「コーヒーでも飲む? レナのとこ見習って俺の店にもコーヒーメーカー揃えてみたんだ。この間連れて行ってくれたカフェのバリスタに相談したらいろいろアドバイスしてくれてさ。せっかく美味しい豆を使っても、淹れたらマズッ! なんていうのはイヤだからなぁ。レナにはいつも美味しいコーヒーをごちそうになってるから」

 ラファエルは唇を尖らせ、指悪さをしながらごにょごにょと尻すぼみのように言う。

 ああ、いつものラファエルだとレナは思った。

「花を……買おうと思ってきたの。いつももらってばかりだから、その内ラファエルの店を潰しちゃうんじゃないかと思って」

 コーヒーを淹れにレジカウンターを回り込んだラファエルの姿を目で追いかけながらレナは言った。その言葉にラファエルが豪快に噴き出した。

「店は潰れないよ。そんなことになったらレナの傍にいられなくなるだろ。それにレナが気にするほど値の張るものは使ってないし。そこはちゃんと経営者として考えてるよ。前にも言ったけど、気にしなくたっていいから。レナの喜ぶ顔が見たくて俺が勝手にやってることだから」

 カウンターの奥に縦長の白いドアがある。ラファエルはその中へ消えた。その小さな空間から食器の音や水の流れる音が聞こえてくる。やがてふわりと漂ってくるコーヒー豆の香ばしい香りにレナははじめてラファエルを意識した。

 明るくて人懐こいラファエル。気づけば古い友人のような顔で笑いかけてくる。それでいて捕らえどころのない男でもあった。

 距離感ゼロのノリはローランとのつきあいで慣れていたが、ラファエルのそれはなんだか違う。

(どこが違うかなんてわからないけど)

 つらつらとそんなことを考えながら、店内を改めてぐるりと見回してみる。

 天井まで届く大型のフラワーショーケースには切り花が収められている。湿度と温度が管理されているショーケースの中は、蛍光灯の明かりで花の色が鮮やかに見えた。

 冬だというのにこんなにも多くの花が咲いている。

 栽培技術が進歩しているのだから、当然といえば当然のことだ。

 欲しいものが欲しいときに手に入る。なんて贅沢で、なんて寂しいものなのだろう。

「気になる花があったら言って」

 ふいに声をかけられてレナは慌てた。

 欲しいものが欲しいときに手に入ることを贅沢だと思ったことがなんだか申し訳なかった。

 ラファエルは花屋として当然のことをしているだけだ。客の要望に応える――レナも古書で同じことをしているではないか。

「そうだ!」

 とつぜんラファエルが声を上げた。

 淹れ立てのコーヒーをトレーごとカウンターに置いて、「いいタイミングだ」と言いながらショーケースまでやってきた。

 おもむろに扉を開けて中から薄ピンクの花を一輪、花桶から抜き取った。

「前々からやってみたかったことがあるんだけど。やってみてもいい? いいよな。イヤだァって言っても聞かないけど」

「え、聞かないの? 聞いてよ」

 ガラス扉に身体を預けたレナが苦笑しながら呆れたように訊く。

「とりあえず怒るなよ」

 その声はあまりに優しく静かなもので、普段の騒々しさとのギャップからレナの心臓は跳ね上がった。

 ラファエルはデニムのベルトに通していたシザーケースから花鋏を取り出し、先ほどの切り花の茎を短く切り落とした。それをなんの躊躇いもなくレナの耳の上へと挿した。

「……え」

 思いがけないことにレナはうろたえた。

 花を髪に挿すなんていう女の子みたいなことなどしたことがない。たまに見かけるドラマのワンシーンにある花かんむりというものはみなファンタジーだと思っているくらいだ。

「意味がわかんない」

 自分に起きていることが理解できなくて困惑するばかり。

「似合うと思ってたからやってみた。な? やっぱり似合う。さすが俺」

「似合うって言われても、こんなことやったことがないから知らない。わかんない」

「やったことない? 花飾りとか花かんむりとか」

 首をかしげるラファエルに悪気はない。

「興味ないし」

 自分はファンタジーの住人ではないし、そんなきらびやかな世界にいたこともない。レナの声はいつも以上に素っ気なかった。

「じゃあ、これがレナのはじめてか? 最初の花かんむりってことか。やった、さすが俺」

 拳を引き寄せて喜んでいるラファエルを見て、レナはくすりと笑った。たかが花を髪に挿した程度でこれほど喜ぶとは素直な男だ。

「今日はほんとうに良い日だ。大好きな女性が訪ねてきてくれて俺の望みも聞いてくれた。レナ、きみはまちがいなく俺の女神だ」

 素直な男のキザなセリフにレナがまた笑う。

「埃とインク臭のする女神? ふふっ」

「ほら、ポーズを取ってみて。記念写真。みんなの写真といっしょに飾るから」

 カメラを構えたラファエルが、壁に飾ってあるたくさんの写真を指した。

「ええ?!」

 渋るレナだが、

「じゃ、二人で」

 自撮りに巻き込まれる格好でレナはラファエルと写真に収まった。

「危うく魔法の言葉を使うところだった」

 デジタルカメラで撮ったばかりの写真を確認しながらラファエルが息を吐いた。

「魔法の言葉?」

「そ。〈一生のお願い〉」

 レナは一瞬きょとんとして、すぐにケラケラと笑い出した。

「魔法の言葉ね」

 ルイスも子供の頃によく使っていたことを思い出す。

「今それを使ったら今後一切使用禁止って言うから」

 ルイスに言い返していた言葉をそっくり使ってやる。

「いいよ。でも俺は無視するけど」

 悪びれずに陽気なスペイン人はニカッと笑った。

 ラファエルの頭はお花でできているのかもしれない。レナはもういいとばかりに手を振って笑った。同時にレナの携帯が鳴り出す。ルイスからだった。

 ラファエルに了解を得て電話に出た。

「どうしたの?」

 ルイスは出先から一度着替えを取りにミッテに戻っているところだという。

 途中、ローランから捜査について話を聞く予定になっているから帰りは遅くなるという連絡だった。

「晩ご飯はどうする? あたしは待てるけど……じゃあ料理はそのワインに合わせようか。遅くなっても起きて待ってるから。平気よ、バカね。ルイスこそ無理しちゃダメだからね」

 ローランがなにやらワインをくれるらしい。

 ラインガウのリースリングだと言っていたので今夜はあっさりした魚料理にしようか。パスチナーケンといっしょにクリーム煮にしてもいい。

 通話を終えたあとでも、ルイスといっしょに食べる夕飯のメニューを考えていると、自然と顔が綻ぶ。

 声を聞くだけでも嬉しいのに、いっしょに食事を摂ることもできる。同居に難癖をつけていても傍にいられることは純粋に嬉しいのだ。

「はい、どうぞ」

 すっと差し出されたのは白いバスケットのアレンジメントだった。薄いピンクのガーベラや花びらのグラデーションが見事なバラと鮮やかな差し色のグリーンの葉。

 受け取りつつもレナは首を傾げた。

「今の電話、彼氏だろ。夕食に花を添えて二人で癒やされるといい」

「……あ、ありがとう」

 ラファエルの言葉に安堵している自分がいた。と同時に彼の好意を勝手に勘違いしていたことが恥ずかしく思えた。友情を愛情と履き違えたなんて。

 自分なんかがラファエルのような好青年に好かれるはずがないのだ。ルイスの愛でさえ奇跡なのに。

「さすがは花屋ね。気遣うところがちがうなァ」

 受け取ったバスケットに鼻を近づけて匂いをかぐ。甘すぎず強くもない芳香は食卓に飾っても邪魔にならないだろう。

「もらってばっかりで、ちょっと図々しくない?」

「ないない。その代わりレナのお店でうちを宣伝してくれればいい。カッコいいお兄さんのいる花屋があるよって」

「あたしの店で宣伝しても効果があるのか、わからないよ?」

 ずいぶんと太っ腹な広告宣伝費だと思う。現金ではなく現品だけれど。

「それに今は……微妙な時期だし」

 被害者情報は限定されていて、レナが経営している古書店の名前は報道されていないが、いずれ知られてしまうだろう。そのことを考えると不安は尽きない。

「事件は解決する。ぜったいに。この俺が保証するよ」

「花屋が保証するんだ」

「そこは〈ラファエル!〉って、こうギューってハグしてくれるまでが流れだよね」

 うんうんと頷きながらラファエルが両手を広げた。

「はいはい。まぁ事件が解決するのはわかってるのよ。義弟が刑事だから。彼、優秀なの」

 レナの口から出たのは“義弟”という言葉。ふ、と出てきただけで深い意味はないとレナは思った。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、ぜったいに犯人は捕まるな」

 ニパッと可愛い笑顔を全開にして、ラファエルはハグに応えてくれたレナを力いっぱい抱きしめた。

 店のドアが開き、客が顔を覗かせると二人は声を揃えて、

「いらっしゃいませ」

と振り返った。そして、また顔を見合わせて笑った。

 弾けるような二人の声に、店の花もなんだか華やいだように見えた。


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