渡辺、嫌い
ほとんど会話だけ。
隣の席で、ふいに身体を丸めたのが見えた。
夕子は手で腹部を押さえて、机に突っ伏す。
ゴン、と額を打ち付けたやや痛そうな音が響く。
「生理か」
簡潔にそう問いかけた俺に、夕子は首をぐりんとまわして不快そうな視線を投げかけた。
「あたし、渡辺のそういうとこ、嫌い」
「ごめん」
夕子は眉を寄せて「うー」と唸った。
顔色が悪い。
普段から色素の薄いほうだが、さらに青白い。
「2日目か」
「渡辺、死んで」
機嫌も悪いようだ。
「薬は」
「飲んだけど効かない」
「保健室に行くか」
「動けない」
ていうか、渡辺、うるさい。死んで。
低い声で、心底機嫌が悪そうに呟かれた声に、俺は「ふむ」と唸った。
これは相当ひどいとみた。
「夕子」
「うるさい」
「夕子、起きられるか」
「・・・」
ぐりん、と90度首をまわして、夕子は俺と反対を向いた。
その背中からは、話しかけんなオーラが漂っている。
しかたないな、と息を吐き、立ち上がると、その気配に気がついた夕子が警戒したようにこっちに顔を向けた。
「ちょっと失礼」
「ちょ、何」
「よいしょ」
「うわ、」
小柄な夕子は、思ったよりも簡単に持ち上げられた。
横抱き(いわゆるお姫様抱っこといわれるものか)をして、教室の入り口に向かう。
教室内からきゃー、という女子の甲高い悲鳴があがる。
休み時間に、男子が女子を突然抱き上げたらそういう反応を示す者もいるだろう。
「・・・渡辺」
不機嫌極まりない低い声に、俺は歩きながら視線を下げる。
夕子が、眉間に皺を寄せて、俺を見上げている。
「どうした」
「どうしたじゃない。どこ行くの」
「保健室だが」
「なんで抱っこ」
「合理的な輸送方法だと思うが」
夕子がバカじゃないの、と吐き捨てるように言う。
でも、抵抗する気はないらしく、大人しく俺の袖につかまった。
休み時間の廊下は人通りもあり、すれ違う者みんなが俺達を見て驚いたような顔になる。
夕子はその視線から、疎ましそうに顔を背けた。
「あたし、渡辺のこういうところも嫌い」
「ごめん」
「ごめんじゃないよ」
「好きだ」
「・・・」
夕子の眉間の皺が、さらに深くなった。
「・・・渡辺」
「なんだ」
「・・・」
「どうした」
「・・・そういう事言うのって、計算なの?」
「本心だが」
はあ、とため息が聞こえて、直後に、
「渡辺、嫌い」
小さくそう言った夕子の顔に赤みが差したのを、俺は見逃さなかった。
(渡辺、嫌い)(俺は大好きだ)
渡辺はKYに見せかけてまわりをちゃんと見れている男子。夕子は渡辺に対してだけ口が悪い。