rose
柔らかい芯が折れぬよう優しく紅を引く。ふと、この深い薔薇色の口紅をかじって砕いてしまいたいと思った。くるくると回して芯を全てくり出す。口紅を口に咥えると、ゆっくりと歯をめり込ませた。芯の半分を口に含み、鏡に映る自分の顔をじっと見ながらしつこく咀嚼する。薬品漬けにした人参味のバターをかじっているようだ。
「あなたは面白いものを食べますね。」
後ろのベッドに腰掛けていた男が歩み寄ってくる。
「僕にも一口いただけますか。」
「いけません。お腹を壊してしまうかもしれないわ。」
女は座ったまま、男は女の背後に、二人は鏡越しで見つめ合いながら会話をする。
「どんな味がするのですか?」
「口紅の味よ。」
「僕の知っている味で教えて下さい。」
女は勢いよく振り返えると、男に唇を差し出した。唇の間からうっすら見える舌が、口紅の色を移して真紅に光っていた。男はゆっくり目をつむって顔を近づける。女は目を見開いたまま、男の口に口紅が運ばれるのを待った。
「薔薇の味がしますよ。」
「早く吐き出しなさい。」
「ドレスの刺繍も、髪飾りも、香水も口の中まで薔薇ですね。」
女がなかなか返事をしないので、男は女の長い髪を三つ編みにして遊びだした。
「。」
小さな声で何か呟いた後、男はせっかく綺麗に編んだ三つ編みを解いて、髪を四方に激しく引っ張り女の頭を激しく揺さぶった。女は男の手を乱暴に払い退けると、口に残っていた口紅を、身に纏う真珠色のドレスに吐き捨てた。男を突き放して椅子から立ち上がり、ヒールの鋭い音を響かせながら部屋を出て行った。男は再びベッドに戻る。薔薇とムスクの香りがこってりと混ざり合った部屋で、口の中で溶けかけた口紅を咀嚼しながらベッドに仰向けに倒れこむ。顎を動かす度に、頬から伝ってくる涙が口に入った。女の出て行ったドアを見つめながら、男は顎が動かなくなるまで咀嚼し続けた。