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賢者と聖女と勇者な彼と淫蕩の魔人

 酒池肉林。酒色放蕩。


 男なら誰でも夢を見るもんじゃないか?

 我を忘れて溺れ込む女達との日々を。



「今回は宿に残りませんか?」

 賢者は聖女に提案した。


「なぜですの?」

 無邪気な問いを聖女は投げる。口ごもる賢者。


「ハレムだからだよ」

 勇者が務めて軽い口調で言った。


「ハレム?」

 聖女が不思議そうに聞き返した。

 そこからか。賢者は脱力する。

「一人の男のために大勢の女が集められるところです」

「神殿のようなところでしょうか?」

 聖女の問いに違うと言いかけて、似ているかもしれないなと賢者は思った。違っているのは。

「違うな。神殿の巫女は貞淑さを求められるが、ハレムの女は男との子を成す為にいる」

 勇者は顔をゆがめて笑う。


「あら、アシュトレトの巫女のようなものですわね」

 愛と欲望の神の名前を聖女はあっさり口にした。

 賢者と勇者は驚いて瞬きを繰り返した。


「うふふ。旅を始めて長いのですよ?私だっていつまでも無知ではありませんわ」

 妖艶というには可愛らしすぎる笑顔を聖女は浮かべる。


「ほんとに分かってるのかねぇ」

 勇者の呟きに「全くです」と同意する賢者だった。


 ◇


 結果、ハレムのど真ん中。まさしくハレムの寝所のど真ん中に三人はいた。



 片手に美女を抱く王は壮年だが、体は衰えておらず、かつて英雄と持て囃されていた頃とさほど変わらない。

 ベットの上には別の女が横たわっている。


「よくぞ、ここまで来た。賢者、聖女、そして勇者よ」

 静かな声音は自信の表れか。

「だが、この俺の魔が払えるか?」


「払って見せるさ」

 勇者が剣を抜き、それに応じる。賢者も詠唱をしようと口を開く。


「よかろう」

 唇をゆがめて彼はニヒルに笑った。乱れた髪とやや影のある整った顔、すさまじい色気があたりに漂う。

 ハレムを貰うまえから女殺しという評判も高かった男だが、今は魔力も加味されている。

 賢者はちらりと聖女を伺う。聖女はどこ吹く風といった様子だ。彼女の絶対防除はここでも活きている。


「だめですわー、……様、戦い(そんなこと)より、もっといいことがありますでしょう」

 ベットに伏していた女が起き上がり、男の腰にすがりついた。

 男が片手に抱いた女も、いやいやをするように首を振って、男に腕を回した。


「男にはやらねばならぬことがあるのだ」

 彼は女たちを優しく振り払おうとした。


 が、女は強い。二人がかり、いや、ベットの陰から別の女が何人か出てきて、数人がかりで男を引き倒した。


「女にもてたいと魅了の魔力を得て、ハレムが欲しい、子供が欲しいと皇帝に願ったのはあなた様でございましょうーー」

 女たちの声が寝室にこだました。


「そうだ。そうだが、毎日、毎晩では身が持たんーーー」

 引き倒された男が、かつての英雄が叫んだ。



「賢者、聖女、勇者、早く魔を払ってくれ!!!」


 そうなのである。魔を払って欲しいとの依頼は、このハレムの主から来たのだ。


「どうするよ。賢者」

 抜いた剣を手持無沙汰そうに振り回しながら勇者が言った。

「なんだかんだ言って、楽しそうに見えますよね」

 目の前に繰り広げられる光景が聖女の目に入らぬように賢者は自分の体で遮る。

 その彼を聖女がぐいと押しのけた。


「皆さま、愛は尊いものですが、水のやりすぎは愛という花を枯らしてしまうものですよ」

 穏やかな、穏やかすぎる聖女の声。

 しずしずと聖女は前に進んだ。

 聖女の持つ清らかな波光が群がる女たちを男から引きはがした。


「皆さま、きちんと服を着てそこにお並びなさい」

 慈愛の笑みを浮かべて聖女が言えば、ベットの女が一斉に動き出して乱れた服を整える。

()()()()()()

 聖女が名指しで男にいう。


「良いですか?そもそも愛というのはですね。心を通わせて、お互いの信頼関係をもって行うべきことで……」

 聖女は背筋を伸ばして一列に並ぶ男と女たちに教説を始めた。


「それに子供が欲しいのなら、きちんと時を計って、アシュトレトの奉仕を行うことです。わかりましたか?」

「はい!!」

 お行儀の良い返事が聖女に返った。それに対して聖女は重々しく頷いた。


 女たちが別室にさがり、男がお礼のために食事を供すると言い出した。

「どうしましょう?」

 聖女が賢者に尋ねた。一食浮く提案に賢者も否やはない。


 食事は豪勢だった。

 魔人だった男の隣に聖女がいる。賢者たちを差し置いて。


 男は、食事が終わると聖女の手を取って言った。

「俺は初めて本当の愛を知ったような気がする」

 性懲りもなく聖女を口説いている。魔は払っても、もともとの気質は変えられないらしい。

 もっとも、本気で聖女に惚れたのかもしれないが。

 だが、聖女は、…………神のものだ。

 賢者は魔法で男を氷漬けにしてやろうかと考えた。


「知ったような気ではなく、次は本当の愛を知ることができることをお祈りしますわ」

 聖女は敬虔な顔つきで短い祈りの聖句を口にした。

 それから取られた手を、ごくごく自然にフィンガーボールで洗った。聖女は無意識だ。


「あれは挫けるわ」

 勇者をして美女に注がれた酒を飲む手を止めるほど。

「同意します」

 賢者と勇者は顔を見合わせて確かめ合う。

 聖女は、やはり聖女なのだと。


 魔人だった男は茫然としている。彼の(うぬぼれ)は今度こそ本当に払われたのだ。



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