賢者と聖女と勇者な彼と憤怒の魔人
「この子達を燃やすと言ったな」
少年のなまじりが上がり、賢者と聖女を睨みつけていた。
「言いましたよ。この有り様は不衛生ですから」
「勝手なことだ。招かれたわけでもないのに、城へ入ってきて、城の物を燃やそうとするとは」
吐き捨てる少年の言葉は正論だ。
「さっき、あの人に招かれましたけど?」
賢者はオコタルに入っている男を顎でしゃくる。
「それは、……様がお優しいからだ」
「だが、私は敵を容赦しない!」
「私もですよ」
賢者は低く詠唱を始めた。魔力が集まり少年へと向かっていく。
相手の怒りも膨れ上がり、魔力が高まるのを感じた。
思った通り、こいつは魔術師だ。
「駄目です」
賢者の魔力が少年にぶつかりそうになる寸前、聖女が彼を庇った。
高め、練られた魔力の塊が霧散した。
聖女の絶対防御だ。
「女の子に暴力をふるってはいけません。嫌いになりますよ」
「女の子?」
言ったのは賢者ではなかった。寝ていた勇者だ。
驚きのあまり、半身を起こしている。
しかし、半身はオコタルに入ったままだ。
賢者は仕方なく力を抜いた。
別に聖女に嫌われたくないからじゃない。
毒気を抜かれただけだ。
「女だから、なんだと言うのです」
少年に見える少女はますますいきり立った。
「女の子だから我慢をしろと言い、女だとて甘えるなと言い、やはり女には跡は取らせられないと捨てる」
勝手なものだと、少女は吐き捨てる。
「わかりますわー」
聖女は少女に向き直った。
「聖女だからあれはダメ、これもダメ。聖女ならこれくらい出来て当たり前。でも、神殿のトップは法皇様。実力が自分より上な方ならご尊敬申し上げますますけど、そのような方は縛られるのを嫌い、神殿には属してくれませんの」
聖女は恨めしげに賢者を見上げた。
いや、打診はあったが、そもそも得意な魔法の系列が違うし。
当然、賢者だからマトレアの神性魔法も使えるが、聖女ほどではないし。
信奉するのがマトレア一択になるのもつまらないし。
「このゴミはあなたに取ってはゴミではないのですね」
聖女が優しく問いかける。
「当たり前だ。この子は私と同じだ」
「その子はね。捨てられてたの」
間延びした声がかかった。オコタルの魔人が「おいで」と少女を手招いた。
少女の怒りが弱くなる。
男の魔力が彼女にかかるのが賢者には判った。
「怠惰の魔力が怒りを相殺させるか。これは面白い現象ですね」
つかの間、賢者は研究者の顔になり、気持ちを振り払うように首を振った。
「それが?」
ことさら冷たい声で賢者は言い放った。
「だから、ゴミを拾ってくる」
男の話は、はしょりすぎてよく解らない。
「物を大切にするのは良いことと言われたから」
少女が嬉しげに言った。
賢者はゴミで埋まった広間を改めて見渡す。
おそらく、少女が持ってきたゴミと男が散らかしたゴミが混在しているのだろう。
「聖女、行きましょう」
「えっ?」
「二人は、いえ、三人はこの城でゴミに埋もれて暮らせば良いのです。いつかゴミで埋もれて、病を得、死ぬことになる」
「そんなことにはならない」
少女が叫ぶ。
「賢者の言う通りですわね」
聖女が賢者の言葉を肯定した。
「ふざけるな。私を脅すつもりか!」
少女は魔法を練って賢者にぶつけてきた。
賢者は少女の魔法をあっさりと消滅させた。
男の魔力が彼女の怒りを相殺しているために、ほとんど威力はない。
「彼は立たないのではなく、立てないのですわね」
聖女が男に悲しげな視線を向けた。
「ほんとなのか?」
振り向いて確かめる少女に男はヘラリと笑ってみせる。
「長く歩かないでいると、全身の筋肉が衰えますから。それに彼はあなたの魔力を押さえているから、余計に衰弱している」
賢者は淡々と説明した。
おそらくこのゴミの山の不潔さで内臓にも疾患がありそうだ。
今にも眠りこけそうな勇者なら、この環境でも平気だろうが。
「どうすれば」
泣きそうな少女に賢者は言う。
「彼を助けたければ、まずオコタルから彼を出して、このゴミを片付けることですね」
「でも、片付けるなんてしたことない」
「料理は出来るのに?」
「アイスクリームは混ぜて冷やすだけだから。たまに決死隊の人が食べ物を持ってきてくれる」
アイスクリームしか出来ないのか。
「でも、……様がいなくなるなら、やる」
少女はけなげに言ったが、そこへ水をさす男の声。
「別にしなくていいよ。生きてるのもメンドクサイから」
聞いたとたんに、少女の回りに魔法が集まる。
怒りの魔法。髪の毛が逆立ち、形相が変わる。
「私を捨てるなんて許さない!!!」
怒髪天をつき、魂消る叫びは男の魔力を受け付けず。全身が朱く輝く。
「あの子の背後に明王の炎が見えますわ」
広間はもう寒くなかった。
「暑い、暑いぞ」
勇者が飛び起きて、オコタルを持ち上げて遠くに投げた。
が、壊れないように魔法で保護している。
オコタルの魅了の力にまだ取りつかれているらしい。
いきなりオコタルが無くなった男はおろおろと回りを見回していた。
「勇者、彼を村まで連れていくぞ」
「分かった。ふっ、俺の計算通りだ」
嘘をつけと心の中で毒づきながら賢者は勇者に言った。
「彼はおぶさる力もないから、お姫様抱きで運んでくれ」
「なんだと?」
「それはちょっと」
抗議の声をあげる勇者と男を無視して賢者は少女と聖女を外へと促した。
近隣の村の人の手を借りて、城の掃除が始まった。
村の代表から話を聞けば、二年前、国にジャックフロストが居座り、領主は退治をしたが怪我を負った。一時は生死不明だったという。
途中で、養子に貰われたはいいが、跡継ぎが生まれたとたん、ポイ捨てされた少女を拾い、一緒に帰ってきた。
だが、帰った城は留守を任せていた城代が、不正をしており、逃げて、裳抜けの殻。
国に約束された報奨は雀の涙。
領主は無気力になって城の外へ出て来なくなっていた。
「私らも中に入ると怠くなって、イライラして」
魔人となった男と少女の影響だ。
なんにせよ、男と少女は聖女と勇者のおかげで回復に向かっていた。
何でも勇者がオコタルに一緒に入ってくれたことと、賢者の攻撃から少女を聖女が庇ったことが、二人の人間不信を払う切っ掛けになったらしい。
賢者は小さくため息をついた。
「なあ、賢者?どこかでオコタルが売ってたら買ってもいいか?」
のんきに勇者が言う。
「良いですわね。私も実は入ってみたかったんですの」
聖女はねだるように賢者を見上げた。
「ダメです。持ち歩くのは無理ですし、勇者が使命を忘れかねませんから」
即座に却下して賢者は足を早めた。
「大丈夫だよー。俺が担ぐから」
粘る勇者を賢者は冷ややかな目で見て黙らせた。
賢明にも聖女はさらにはねだらない。
冬のオコタルは魔物だ。
賢者をして、そこから出るのを忘れそうになる。
遠く離れた故郷にあるオコタルを思って賢者は苦笑した。
けれど。
この旅が終わったら、三日くらいはオコタルに入ってゴロゴロしても良いかもしれない。