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賢者と聖女と勇者な彼と怠惰の魔人

…………… 城の人間の全てが逃げ出した。

 そんな噂を耳にしたのは、冬の初め。

 賢者と聖女と勇者は真相を掴むべく、その城に向かった。


 旧い城壁が囲む城は近隣の町から離れた場所にある。


「おどろおどろしい感じですわね」

 聖女の声はナゼか嬉しげだ。


「久しぶりに手応えのある魔物に出会えるかな」

 勇者もやる気を出している。

 ここのところ手応えのない魔物(勇者にとって)ばかりで面白くないとぼやいていた。


 賢者自身も高度な魔法は長らく使っていない。

 このままだと呪文を忘れそうだ。

 戦闘を好むわけではないが、たまには大きな獲物に会わないと金銭的にもキツくなる。


 城門に解除の魔法をかけようとして、その必要がないことに気づく。


 三人は拍子抜けして、門を潜り抜け、城の内部へと入った。


 中は、異様だった。


 鼻が曲がるような悪臭が漂い、明り窓も曇ってその用を果たしていない。


「ライト」

 賢者が魔法で光をつける。廊下にはヘドロじみた塊があちらこちらにあった。

 気が弱い者なら、これを見ただけで逃げ帰るにちがいない。


「アンデッド系のスライムでしょうか」

 ワクワクした感じの声は聖女だった。アンデッドは聖女の管轄だ。

 かなりな高位のアンデッドでも、聖女の浄化の魔法で一掃できる。


「ピュリフィケイション」

 聖女は魔法が廊下に水を流すように広がっていく。


 だが、ヘドロもどきは消えない。

「弱すぎたのかしら」

 聖女はもう一度、魔法を唱えた。


 しかし、やはりヘドロもどきは消えなかった。


 襲ってくる様子もないので賢者達は中へと進んでいく。


 廊下の隅で何かが動いた。

 ネズミだ。大きなどぶネズミが廊下を走っていく。


「なんか嫌な予感がする」

 鼻を鳴らして勇者が呟いたが、漂う悪臭を吸い込んだのか、盛大に顔をしかめた。


「魔人の気配はします。先に進みましょう」

「そうですわね」

 勇者は空気を吸い込みたくないのか、黙って頷いた。



 いくつもの部屋を通りすぎたが、噂通り人の気配はない。


 あるのは。

「ここです」

 賢者達は一つの広間にたどり着いた。


 "開けるか?"

 と言うように勇者が扉を親指で指し示した。いつもなら真っ先に飛び込んでいくのに。


 実際、賢者も頭の中で警鐘が鳴っていた。


「魔人は撲滅しなくてはなりませんから」

 聖女の声も最初の勢いはどこへやらだ。


 勇者は仕方ないとばかりに肩をすくめると、やおら扉を押し開けた。


 次の瞬間、無惨、悲惨、酸鼻な光景と臭いが三人を襲った。


 広間にはさまざまな品物だった何かが堆積している。


「ごみの部屋か」

 賢者はうっかり呟いて慌てて右手で鼻と口を覆った。

 臭いを遮断するには空気も遮断しなければならない。

 魔法で遮断出来ないのが辛い。


 三人は意を決して獣道のように回りより少し低くなったゴミの上に足を踏み入れた。



 男がだらしなく、ゴミの山に埋もれて寝そべっていた。

 堆積したごみが回りを囲んでいる。


 長い道のりだった。


「貴方達がここの主か?」

 勇者はえらく早口だ。


「そうだけどー」

 間延びした返事がかえる。

 いつ櫛をいれたのか判らないボサボサの灰色の髪は長く伸びていた。


「ひどい有り様だな」

 また早口の勇者。

「そうかな?前に決死隊がきて、少しはマシになったんだけど」


 決死隊?


「その決死隊は、あの廊下のヘドロスライムに飲まれたんでしょうか?」

 聖女が賢者にささやいた。

 おっとり口調の聖女もいつもより早くしゃべっていた。


「あれは、野菜だよー。時々、領民が持ってきてくれるんだけど、ここまで辿り着けなくて、放置するらしい」


 領民がこの城までやってくる?魔人の元に?

 賢者は疑問に思った。


「もうちょっとやる気があった頃に幾つか、改革をしたんだー。だから税金を安くしたんだ。なんかその恩義を返すって云ってくれる人がいてねー」

「以前は、まともだったわけですか。では、何故このような?」

 賢者もやや早めに話しかけた。


「話せば長いことながら……。長いから話したくない」

 男はやる気なさげに口をつぐんだ。


 沈黙。


「だからさ、もう帰ってくれない?今日はたくさん話して疲れたし」


 魅力的な提案だ。


 魔人だが、人に害意はなさそうだ。


 帰りましょうかと言いかけて、賢者は男の背後の壁を移動するそれを見てしまった。


 反射的に賢者は魔法を放つ。


 黒いそれが見る間に灰になり、壁から落ちた。


「賢者」

 勇者は賢者を見た。聖女もだ。

 三人は揃って頷いた。


 ここをこのままにしておくわけにはいかない。


 賢者は再び魔法を繰り出そうとした。


「待て」


 賢者達の背後から声がした。


 後ろを取られた。


 勇者が振り返りざま、剣を抜く。


 そこには場違いなほど美しい少年がいた。


「……様はお疲れだ。疾く、去ね」


 抑揚のない固い声が告げる。


「そうしたいのは山々なんですが」

「この有り様を放置するわけには参りませんわ」

「有り様は看過しても、アレの巣窟は見過ごせん」


 賢者と聖女と勇者は早口で畳み掛けた。


「ならば、我が排除するまで」

 少年が淡々と云った。三人は戦いに備えて身構える。


「なんかサー、面倒なんで、そういうの止めてくれない」


 弛緩した声が四人を包む。


 すると三人の戦意が急速に萎んだ。


 これがこの男の魔力か。


 恐ろしい。賢者は背筋を寒くした。

 見れば、聖女も微かに震えていた。


「寒いよねー。こっちへ来て暖まったら」

 男が誘う。


 ゴミに埋もれろと云うのか?


「……様」


 少年が近寄って、男の回りにを片付けけだした。


 とはいえ、回りのゴミを別の場所に放り出すだけだが。


 ゴミがなくなると、毛布が掛かった四角いテーブルらしきものが現れた。男はそれに入っていた。


「なんだ、あれ?」

 勇者が訝しげに言った。

「暖かいよ、天国だよー」

 誘惑する男の声に聖女が一歩、踏み出した。


「駄目です。罠です」

 賢者は聖女の腕を取って引き留めた。


「彼が使っているのは伝説の暖房器具。オコタル。人をものぐさにする魔道具です」


「彼女が作ったアイスクリームもあるよ」


 いつの間にか少年が男の隣に座って、一緒に皿に盛られたアイスクリームを食べ始めた。


「じゃ、お呼ばれするかな」

 勇者な彼が賢者が止める前に近づいて、オコタルに入ってしまった。


「あったけー」

「でしょう?さあ、どうぞ。オコタルに入りながらのアイスクリームは最高だよ」

 勇者は勧められるままにアイスクリームを食べる。


「勇者、臭いは?」

 聖女の問いに、彼は事も無げに、「なんか順応したらしい、気にならない」と答えた。


 どんな場所にでも適応し、生き延びる力が勇者にはある。これも神々の加護なのか。


「聖女も来ないか?」

 勇者の言に聖女は首を振った。


「こうしていれば暖かいですから」

 聖女が賢者に身を寄せてきた。ピタリと体がくっつく。


 いや、確かに暖かいが。


「聖女」

 賢者が彼女からそっと身を離そうとした時、黒いアレが二人を目掛けて飛来した。


「きゃああ」

 聖女が賢者に抱きつく。賢者は彼女を片手で抱くと、魔法を放った。

 灰になったそれが、パラパラとゴミの上に落ちた。

 しかし、そんな光景を見てもオコタルの三人は弛緩した顔をしていた。


「出なさい。三人とも」

 賢者は地に這うような声を出した。

「出なければ、オコタルを破壊します」


「やめとけよ」

 勇者が言う。

「俺を敵に回す気か?」

 クールな声だが、オコタルに入って寝転がっている男の台詞じゃない。


「本気ですよ?」

 賢者は目を眇め、勇者を挑発する。

 これで勇者が立ち上がれば。


「あのー、賢者。三人をオコタルから出すなら、部屋を暖めれば良いのではないかしら」

 睨み合う二人に割って入るように聖女が切り出した。


「つまり?」

「回りのゴミを燃やしてしまいましょう」

 聖女は凄まじく端的に言った。

「だが、城もただではすまないですよ」

「私がプロテクションをかけますから」

「無機物にも有効なのですか?」

「任せてください」


 聖女は腕の中で胸を張った。



「何を燃やすと言いました?」

 少年がゆらりと立ち上がった。

 どうやら、彼女はオコタルの魔力に完全に捕まったわけではないようだ。


「「ゴミです」」

 賢者と聖女が同時に言うと、少年の形相が変わった。


 純粋な怒りが少年を包んでいた。


祝!勤労感謝の日。


冬の風物詩で書いてみました。

ゴミではないけれど、いつの間にか、本のタワーが出来てしまう……。



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