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賢者と聖女と勇者な彼と強欲の魔人

「あれも欲しい、これも欲しい。それのどこがいけないの?」


 魔人とは思えないほど、彼女は洒落のめしていた。


 羽飾りがこれでもかというほど、付いた帽子、靡く髪の毛はかもじを加えて、大盛りに盛っている。


 櫛に髪飾り。

 首には五重の首飾り。

 ドレスにはふんだんにレエスに金糸銀糸の刺繍。

 指にはもちろん、20個の指輪が光っていた。


 煌めくシャンデリアの下で、これでもかと光っている。


 室内は豪華絢爛。


 要所要所に金箔が貼ってあった。


 正直、目が痛い。


 そんな彼女は欲望に濡れた目をして勇者を見た。

 勇者の持つ聖剣の柄は大きな宝玉で飾られている。


 柄にあしらわれた光を表す透明な宝玉は赤子の握りこぶしほどもある大きさだった。


「良いわね。その剣」

 なめるように剣を眺めまわす。

「そうだろ!お前、見る目があるな」

 自分の剣を誉められて勇者は満面の笑顔になる。

「これを手に入れるのにはけっこう苦労したんだぜ。闇の迷宮の地下に隠されててな。最後は双頭のブラックドラコンと戦うはめになった」

 感慨深げに勇者は回想する。


 勇者の言う通り、ブラックドラゴンには苦戦した。

 ほとんど瞬殺な敵の中にあって、30分は戦闘していた。


 その代わり、見返りは大きかった。

 ドラゴンの体は高く売れて、それまでに貯まった借金も返済して、当面の資金もできた。


 しかし、ブラックドラゴンを倒したことで、魔物達に情報が回り、少し知恵の回る魔物(ゆえに、高く売れる)は我々に出会うと一目散に逃げ出すようになってしまった。


 今はかつかつで日々を過ごしている。


「その剣を、いえ、その宝玉をちょうだい」

 勇者がブラックドラゴンとの戦いの話を終えた時、女は言った。


「この宝玉をか」

 珍しく勇者が躊躇いを見せる。


 聖女と二人で部屋の中を検分していた賢者を勇者が顧みた。

 目が、なんとか出来ないかとすがっている。

 これも珍しいことだ。


「ただでとは言わないわ。代わりにこの指に嵌めてあるうち三つ貴方達にあげるわ」


 魔法が込められた指輪だと言う。

 賢者はしげしげとそれを見た。

「いや、別に欲しくありません」

「何故よ?これは頭が良くなる指輪で、これは魔力が上がる指輪、これは素早くなる指輪だし、これなんかお金持ちになれる指輪よ」


 最後の指輪、それには心引かれるが。


「その宝玉があれば、私の欲しがりな心も収まるかもしれないわ」


 女は賢者から勇者に視線を戻した。

 魔人をこの世界から失くす。その使命を受けた勇者の心に訴えかける戦略だ。


「無理ですわ」

 その戦略を聖女が一言で切り捨てた。


「いや、聖女、この宝玉で強欲の魔人の心が消えるなら……」

 勇者は魔人に宝玉を与えようとした。


「駄目ですわ」

 聖女が言って勇者と魔人の間に割って入る。

「はは、私のような成り上がりには聖なる宝玉を望むのもおこがましいって言うことか。おきれいな聖女さま」

 魔人の瞳が燃え上がり、聖女に魔力の塊をぶつけようとした。


「聖女、危ない」

 勇者が聖女を庇おうとする。彼は聖女が絶対防御を持っていることをたびたび忘れる。


 聖女は見た目はとてつもなくか弱いから。


「駄目ですわ」

 聖女が繰り返す。


「これをもらっても貴女の強欲は収まりません」

「私が嘘を言っていると」

「いいえ、貴方が聖剣の宝玉を持てば、心は浄化されるでしょう。でも、駄目なんです」

 聖女は悲しそうに言う。


「だって、この聖剣の宝玉は偽物ですから」


「えっ」

「はい?」

 勇者と魔人が同時に声をあげた。


「そうですわよね、賢者様」


 バレていたか。


「どういうことだ?」

 勇者の顔が剣呑だ。これも珍しい。


「ブラックドラゴンを倒した時、地下迷宮が地盤沈下を起こしただろう?」

「ああ」

「あれで水源が枯れかけて」

「それで?」

「しばらくしたら、近隣の町や村が水飢饉になった」

「知ってる。それを賢者の魔法で元通りにしたんだろ」


「水源にはブラックドラゴンの存在が深く関わっていまして……」


いいよどむ賢者の代わりに聖女が補足する。

「水源を元通りにするにはブラックドラゴンの復活が必要、ブラックドラゴンの復活には聖剣の宝玉が必要。ですから賢者様はブラックドラゴンの宝玉と、勇者が今お持ちの剣の宝玉をすり替えのですわね」


 ああ、でも。

 と聖女は穏やかに続ける。

「ブラックドラゴンの宝玉のような魔力こそ込められてはいませんけれど、宝石としてはとても価値あるものですわ。貴女が嵌めている指輪と同じように」

途中で聖女は勇者から魔人に語りかける相手を移した。


 勇者が今持っている聖剣の玉は宝石としての価値なら、ブラックドラゴンの体の半分の値段だ。


「私の指輪と同じ?これには魔法の指輪ではないの?」

「「残念ながら」」

 魔人の問いに賢者と聖女は答えた。


「でも、この指輪を持ってから頭も良くなったし、健康になったし、商売も上手く行って、だから、もっともっと魔法の宝石が欲しくなって」


「魔法の宝石のせいではありませんわ。貴女が頑張って得た力ですわ。今は過剰な欲望になってしまっていますけれど、向上心と言う欲はほどほどなら必要ですから」


「聖女でも?」

「ええ、聖女も人間ですもの。綺麗なもの、美味しいものは好きですし、野宿も楽しいですが、フカフカなベッドで眠るのは気持ち良いです。そして貴女を魔人ではなく、人に戻したいと思うのも私の欲のなのですわね」


 少し自重気味に笑って

 ふわりと聖女が女の手を握る。

 癒しの波動が溢れる。


「貴女は女性の身で、家を興して、成功して。とても努力をしてきたのですね。成金と罵る方には言わせておけば良いのです。どこの家でも成り上がることから始めたのですから」


 女からすえたような雰囲気が消えていく。

 不思議なもので、聖女に浄化され、癒された女の装いと部屋の装飾は一つのスタイルに見えた。


 やや歪んで、少し過剰だが、ドラマチックな、なにか新しい。


「俺の力も聖剣の玉のおかげでじゃなかったってことか」

 やや脱力したように勇者が言った。


 少し、恨みがましい目をするのも、珍しい。勇者も人の子と言うことか。


「そうですね。しかし、勇者。貴方の聖剣にはめられた宝玉は貴方の力を浴びて、少しずつ魔力を貯めていますよ。貴方の旅が終わる頃、それはブラックドラゴンの宝玉、聖剣ではなく、勇者の玉、勇者の剣となっていることでしょう」


 賢者は静かに語りかける。

「賢者、あんたは初めからそのつもりで」

 珍しくも勇者の声が震えていた。


 賢者たるものは思う。

 自らの力で築き上げるものこそがその人の宝なのだと。


文化の日ということで、バロックをイメージして書いてみました。


少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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