今日の料理
「それで、旦那様。
今日のお料理は何かしら」
どこか優雅にも思えるラーラの言葉に苦笑いが出る。
どうやら美味いものを食べたことで、彼女にも平常心が戻ったようだ。
これでようやく落ち着くことができるな。
「食べながらそれを訊ねるのか?
それは食べる前に聞くものなんじゃないか?」
「いいじゃない。
美味しいお料理をいただきながら説明を聞くのも」
そんなものなんだろうか。
俺には正直良く分からないが、思えば毎回料理の説明はしていたな。
異世界の料理になるし、こちらで食べられるものかもわからない。
そういったことを確認しながらフラヴィと食べ歩けたら楽しそうだ。
……動物を飲食店に入れてくれるかは分からないが……。
「美味しい……本当に美味しいわ、トーヤさん。
ラーラから話には聞いていたけれど、まさかこんなにも美味しいお料理が作れるなんて、想像していなかったわ」
「ありがとう。
そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ。
それじゃあ、まずはサラダの説明からだな。
春野菜と上質な生ハムを使い、見た目も華やかなブーケサラダにしてみた。
だからといって特別な味付けはしてない。
野菜本来の旨みや甘みを感じられるように、ドレッシングは最小限に抑えた。
生ハムが持つ強めの塩辛さを、新鮮な野菜で程よくしてくれるようになってる。
目で彩を楽しむだけじゃなく栄養価もいいはずだ」
「とても美しいわ。
食べるのが勿体無いくらい」
「そのまま飾ってもいいくらい綺麗に盛り付けてるわね」
家でも好評だったブーケサラダはビタミンもしっかり取れる。
まぁ、要望があった時か、特別な時くらいしか作らなかったが。
「スープは残念ながら今回は辞退した。
コンソメやブイヨンを作るには時間が足りなすぎたからな」
「時間って、どれくらいあれば作れるの?」
「最低でも2時間は欲しいが、満足のいくものを作るなら一晩か」
「……そ、それはもう、一般家庭のお料理じゃないと思うのだけれど……」
「今回はもてなしが目的だから、本音を言えば作りたかった」
「パティちゃん、これがトーヤ君なのよッ!」
そこを力説されると俺がアホみたいに聞こえるからやめてほしいんだが……。
「誰だって美味いものは食べたいだろう?
俺は趣味も重なってるし、無理に作ってるわけじゃない」
「……すごいですね、トーヤさんは……。
折角ですから、お肉料理の方もお聞きしていいかしら?」
「ああ。
全部パティさんが買ってきてくれた食材で作ったが、中でも肉は上質だった。
折角のいい肉なんだから、それなりに手を加えさせてもらったよ。
この一皿に料理名をつけるとしたら……そうだな。
"仔牛のフィレ肉のソテー、シャスールソース風"ってところだろうか。
あくまでもコンソメを使っていないから中途半端な味にも思えるが、それなりに美味く作れて満足しているよ」
美味しい美味しいとナイフを通すラーラと、目を見開いて俺の言葉を聞き続けるパティの違いがとても印象的だった。
恐らくだが、パティの反応が普通なんだろうな。
こうやって見比べてみると、やはりラーラは特殊な人だと思えた。
などと考えていると、ぴたりとフォークを止めたラーラは真顔で言葉にした。
「むむっ? トーヤ君から、何かよからぬ気配を感じるわ」
どうにも俺は考えていることが相手に伝わっているように思えてならない。
気をつけなければならないと思う反面、何をどうすれば気配を遮断できるのか。
"無の境地"と呼ばれる奥義でも体得すればいいのだろうか。
そんなことをわりと真剣に考えている俺がいた。