気配を消す子
優しく穏やかな時間が続き、再び町の街門手前まで戻ってきた。
フラヴィの歩幅に合わせて歩いたのでここまで5日を要したが、それも楽しい日々だった。
猪と遭遇してからは特に敵対者と出遭うこともなく、まるでキャンプを楽しめた感覚を覚えていたが、こういった世界ではないことだけはしっかりと自覚しなければならない。
それに今はフラヴィもいるんだ。
無用なトラブルは避けたいが、そうはさせない馬鹿どもといずれ出遭うだろう。
世界を旅するなら気を引き締めないといけないな。
デルプフェルト。
約20万人が暮らす、迷宮都市とは随分離れた町だ。
この大きめの町ではある程度何でも買い揃えられるほどの品が市場や店に並ぶ。
食料も道具も薬も武具も、そして魔導具も。
これだけの品物が揃うこの町では、何不自由なく生活することができる。
周囲の地形は浅い林と平原に囲まれ、魔物も弱く若手冒険者の育成にもいい。
この世界に降り立ってすぐ盗賊と遭遇したが、本来はそう出遭うものでもない。
今回はたまたま運が悪かった、というのがディートリヒの見解だが、町から随分と外れた場所にはそういった輩が多く潜伏しているようで、なるべく町や街道からは離れない方がいいというのがこの世界の常識だ。
東にあるフェルザーの湖を拠点として俺は選んだが、あの辺りには洞窟などの身を隠せる場所はなく、見通しもいい上にパティのような薬草などを求める者が時たま湖に訪れる。
盗賊の情報は主に冒険者から報告されるケースがほとんどで、今回相手にした馬鹿どものように街道で馬車を襲うなんて目立つ行動を基本的にはしないそうだ。
思えば街道は町から近く、商人も通りやすいが憲兵隊とも出会う可能性が高い。
不定時に町と町を馬車で往来するのも憲兵隊の仕事のひとつらしいし、そんな場所で略奪をするなんて頭が悪いとしか言いようがない。
だからこそ俺達は無傷で倒せたってことにも繋がるんだが、もし相手が狡猾で残忍な存在なら、きっと状況は危険なものになっていただろう。
そんな危険な輩とは極力関わらない方がいい。
今は特にフラヴィへ危険が及ぶ可能性は極端に減らすべきだ。
安全な街道を進んで冒険をした方がいいだろうな。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは。道中気をつけて」
「あぁ。ありがとう」
街道まで出ると、さすがに馬車の往来が激しい。
胸に抱えた子を微笑ましそうに見つめながら、商人と思われる人は挨拶をした。
俺もそれに自然と答えるが、石のように固まり続けるフラヴィは反応がない。
この子は気配を消すようにしていれば見つからないと思っているんだろうか。
震えることもなく静かにじっと固まっていることから俺はそう感じているが、実際はどうなんだろうな。
どちらにしても、頭を隠してなんとやらだ。
思いっきり全体が見えているんだが、可愛いのでそのままにしておこう。