優しすぎる
後ろを歩くフラヴィに時折視線を向けつつ、俺達は浅い森を歩いていた。
ちょこちょこと足を出す姿は可愛らしくて、なんとも微笑ましい。
小さな歩幅と合わせるようにゆっくりと歩き、疲れたら抱き上げる。
おおよその時間で食事を取り、また歩き出す。
魔物や盗賊とも遭遇しない雨上がりの浅い森は清々しく、心地いい空気を肌に感じながら二人でのんびりとした散歩を楽しんでいた。
それでも周囲は気になるようで、何かの音が聞こえるたびに俺の足に貼りつく。
やはりフラヴィの恐怖心はそう簡単に直るようなものではなかった。
本格的に慣れさせるのは町に着いてからになるだろう。
それがどういった結果を導き出すのかはわからないが、願わくばフラヴィが幸せに思える道へ歩んでいきたいな。
そんなことを考えていた時だ。
少々遠くの方から草の音が聞こえ、フラヴィはいつものように足に飛びついた。
敵意は感じられない。
だが、このままでいられる保証もないように思えた。
草場の陰から現れたのは、体長1メートルほどの猪。
立派な体躯で、重さは70キロは軽く超えるほどだろうか。
周囲の危険を察知できても、さすがに何がいるのかは大まかにしかわからない。
ある意味では弱点とも思えるが、それでも形と大きさが分かればある程度は判別ができるので十分すぎる能力ではある。
問題は、たとえこちらを敵視していなくとも視界に捉えると警戒し、最悪敵意を持たれる可能性がある、というところだろうか。
警戒を続ける猪は動きを止め、徐々に敵意を持っていくのが感じられた。
「フラヴィ、ごめんな。
このままだと戦えないんだ。
なるべく優しく動くから、大人しくしてるんだぞ」
「……きゅぅぅ……」
左腕に抱き上げ右手で撫でると顔を胸に埋め、小さく声を出した。
どうやら向こうはこのまま通らせてくれないようだ。
今にも走り出そうな猪から視線を外さずに剣を抜き、戦いに備える。
強く地面を蹴り、猪はこちらに向かってくる。
直線状に迫る姿に『猪突猛進とはこのことだな』と考えてしまうが、当たる直前に軽く避けながら剣を腹に通した。
そのまま猪は軽く転げるも、血を一滴も出すことなく光の粒子となって消えた。
なんだか可哀想にも思えるが、向こうから襲ってきたんだ。
敵対者を優しく逃がしてやるほど俺も人ができていない。
言葉も通じない以上、深く考えない方がいいんだろうな。
「終わったぞ、フラヴィ」
「……きゅぅぅ?」
恐る恐る周囲を確認するこの子はやはり、こちらの言葉を理解しているようだ。
賢い子だとパティは言っていたが、もしかしたらそれ以上なのかもしれない。
魔物の特性か、それとも野生の勘か。
周りへの警戒心も感じられているようにも思える。
範囲はとても小さいものながら、そういったことに動物は長けていると聞くし、魔物であればさらに鋭敏になるとラーラは教えてくれた。
だとすると、この時点でフラヴィはディートリヒ達以上の索敵範囲を持っていることになるが、それを実戦で活かせないのではあまり意味がないのかもしれない。
気にはなっていたが、この子は逃げることすら選択肢にはないようだ。
これだけの臆病さを見せる種族であれば、世界では魔物として認識されていない理由もわかる気がする。
しかし、それ以上に気になることができてしまった。
「フィヨ種ってのは、大人になるまでどうやって生きてるんだろうな……」
「きゅぅ?」
俺の言葉に首をかしげるフラヴィの頭を撫でる。
とても気持ち良さそうに目を閉じて、くるくると音を鳴らした。
温かなぬくもりを抱えたまま周囲を警戒しながら俺は思う。
この子達は優しすぎる種族なんじゃないだろうかと。
こんなにも危険な世界で生きていくには、あまりにも厳しい。
恐らくはコロニーを作って過ごしているんだろうが、もしかしたらそこを狙われて連れ去られた子だったのかもしれないな。
ドロップ品の猪肉をインベントリに入れながら、俺はそんなことを考えていた。