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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第四章 魔物の卵
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彼女の種族

 ピングイーン属、フィヨ種。

 それが彼女の種族らしい。


 どうやら女の子だということも、いま初めて知った。

 どっちでもいいような名前をつけたし、特に驚くことではなかったが。


 それよりもフラヴィがパティの傍で彼女の歌を聴いていることの方が驚きだ。

 あれだけ震えていた姿は微塵もなく、歌声に酔いしれているようにも見えた。


 確かに彼女の歌はとても綺麗で、心が自然と落ちつくのもよくわかる。

 音楽にそれほど長けていない俺であってもそう思えるんだが、まさかあのフラヴィが、という気持ちを抑えることができずに戸惑っていた。


 歌を終えたパティはフラヴィを優しく撫でると満足したのか、ベンチのように使っているテーブルをとことこと歩き、俺の膝に座って体を預けた。

 その仕草にうっとりとした視線を向けるパティは呟いた。


「はぁ、やっぱりピングイーンは可愛いわねぇ」

「この子は魔物なんだよな?

 こんなに怖がりな子は魔物にもいるのか?」


 俺は彼女に訊ねるも、どうやら俺が想像していたこととは違ったようだ。


「正確にはフラヴィちゃんが怖がりなんじゃなくて、そういった種族なの。

 そもそもフィヨ種は魔物と定義していいのかも私には分からないわ。

 他のピングイーンは凶暴な子も多いのだけど、フィヨ種は特に怖がりよ。

 実際のペンギンも確かに臆病だと言われてるけど、それ以上だと私は思うわ」


 フラヴィ達の種族は想像通り、ここよりも遙か南の地方に生息しているらしい。


 しかし生来怖がりで、冒険者や憲兵も魔物として見ていないそうだ。

 こちらが近付いても攻撃を一切することのない種族で、強く震えるか逃げ出す。

 そういった存在を魔物と判断する者は世界中にほとんどいないはずだと、パティは教えてくれた。


「逆に一度でも仲良しになると撫でさせてくれる人懐っこさもある子で、密猟者に狙われやすく、フィヨ種は世界中の愛好家から非常に高値で取引されているの。

 トーヤさんがそういったことをしない人なのは瞳を見れば明らかだけど、恐らくこの子はならず者の手によってこの周辺に流れてきたんじゃないかしら」

「たぶんそうなんだろうな。

 ここから南西にある盗賊団のアジトで卵を見つけたんだ」


 なるほどねと言葉にすると、何かを考え込むパティ。

 その理由もこれまでの話でおおよそは理解しているつもりだ。


 つまりフラヴィは観賞用として愛好家達に売り捌かれるところだった。

 強い苛立ちを覚えるが、それ以上にこの子を町へは連れて行けない気がした。


 俺の気持ちを察したように、彼女は難しそうな表情で話した。


「……そうね。

 多くのフィヨ種は、町に連れて行けば強く怯えることになるでしょうね。

 それで命が縮まるとは言われていないのだけれど、それはとても可哀想よね」

「まぁ、それなら諦めもつく。

 フラヴィから離れる気はないからな」

「ふふっ。トーヤさんならそう言ってくれると思っていたわ。

 それにね、まだ方法がないわけでもないと、私は考えているの」

「何か、あるのか?」


 思いがけない言葉に反応してしまった。

 諦めがつくと声に出しても、内心は町に戻れないことに納得していないのか。

 それとも、町にいけないことに不安を感じていたのか。


 戸惑いの表情が出ていたのだろう。

 パティは優しく微笑みながら話した。


「フィヨ種はとても賢い子達で好奇心も旺盛。

 その反面、恐怖心が遙かに強く勝ってしまい、極度の怖がりよ。

 身体的にはピングイーン属の中でも最高と言われているけど、それを発揮できるだけの強い心を持たず、心と体のバランスが取れてないとても不安定な種族なの。

 持ち前の賢さと優しさを大切に思っている人へ向ける子でもあるから、観賞用として取引されるの……とても悲しいことだけど、フラヴィちゃんのご両親は……

 いえ、やめましょう」


 辛そうな表情でパティは言葉にする。

 俺は腹に寄りかかるフラヴィのお腹を優しく撫でると、気持ちがよかったのか、くるくると可愛らしい音を鳴らした。


「その話を聞いてると、俺にはフラヴィと町に行ける姿が見えないんだが」

「確かにそうね。

 でも賢いっていう特性をいい方向へ導けば、町にも行けるんじゃないかしら。

 たとえば町の雑踏を感じさせながら、あなたの声や匂い、心音を聞かせる。

 かなり荒療治になるけれど、あなたの言葉ならきっと届くと私は思うの。

 こんなにもフラヴィちゃんが幸せに思っているんだもの。きっと大丈夫。

 喧騒にゆっくりと慣らしていけば、町での生活だってできるんじゃないかしら」


 間違いなく荒療治になるだろうが、それでも可能性が見えた気はした。


 それもすべてはこの子次第になる。

 嫌われることはないだろうが、深い傷を心に与えなければいいが……。


 そんなことを考えていると、パティは嬉しそうな表情を向けながら話した。


「本当に幸せね、フラヴィちゃんは。

 素敵なお父さんに巡り会えて良かったわね」


 うつらうつらと頭を揺らしていたフラヴィは、すぐにことんと手のひらに落ち、静かに寝息を立てはじめた。

 その姿を見た俺達は、静かに笑いながら話を続けた。

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