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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第四章 魔物の卵
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魔物の卵

 小さな椅子に座り、インベントリから卵が入った箱を取り出す。

 目の前にあるテーブルに置き、卵を孵化させる準備に入った。


 しかし、ふと気になることが頭をよぎり、俺の手をぴたりと止めた。

 孵化させるには、魔物の卵に魔力を込めればいいだけだ。

 あとは自然に卵から魔物が孵ると言われている。


 ……だがもし、魔力じゃない力(・・・・・・・)を込めた場合はどうなるんだろうか。

 孵化することなくだめになってしまう可能性も考えられるが、魔力を込める必要性が必ずしもあるとは思えない。


「……試して……みるか……」


 静かに呟くと、卵を両手で覆うようにして力を込める。

 小さく、丁寧に、何よりも優しく力を送り込んだ。

 懐かしい家族の顔を思い起こし、余韻に浸る。


 だが次の瞬間、深い亀裂が卵に入り、心臓が飛び跳ねた。


 大地の裂け目のような傷跡は次第に卵全体へと向かう。

 まるで俺の力が侵食していくように、確実に爪痕を残していく。

 ヒビが卵全体を覆い尽くすまで、そう時間はかからなかった。


 卵の上部から灰のようにぼろぼろと崩れていく殻を見ながら、余計なことをするべきじゃなかったと後悔するも、さすがにもう遅すぎたようだ。


「…………ん? なんだ、この灰色は……」


 徐々に卵の下部まで灰となる様子を見続けていた俺は、中央に何か丸いものが固まっていることに気がつく。


「……これは、まさか……」


 恐る恐る指で触れると、温もりを感じた。

 少しだけ撫でた瞬間、丸いものは声をあげた。


「ピィッ! ピィッ! ピィッ!」


 その声に安堵のため息が出た。

 どうやら無事に産まれてくれたようだ。


 余計なことはするべきじゃないな。

 さすがに本気で焦った。



 一息ついて、可愛らしく産声を上げる子を観察する。


 ふわふわな灰色の産毛、すらりと短めに伸びた黒色のくちばし。

 ひらひらと羽ばたいていけるような翼……とは少し違うな。

 ……これは、いわゆるフリッパーと呼ばれているものだろうか。

 産まれたばかりで開かない瞳がさらに可愛かった。

 腹部は白色で、いかにもあの動物を連想させる。


 形状から察すると、これはペンギンの魔物なのか?


 子供の頃に一度だけ水族館でヒナを見たことがある。

 その時の子と似ている気がするが、生まれたてで瞳の上に黄色い模様があるな。


 キマユか?

 いや、ヒナで眉が黄色いのか俺には分からない。

 そもそも魔物の子なんだから、必ずしも動物と同じだとは限らないか。


 だが、どこか安心している俺がいる。

 この子はまったく問題のない、とても大人しい子だと直感した。



 インベントリから取り出したタオルに優しく包み、濡れている体を拭く。

 ものすごく嫌がっているのはわかるが、このままじゃ風邪を引くかもしれない。


 小さな命の重さを手のひらに感じ取り、思わず頬が緩んでしまう。

 俺よりもペンギン好きがいるんだが、逢わせてやりたかったな。

 そんなことを考える前に、名前を決めてあげないと可哀想か。


 何がいいかと考えていると、俺の手のひらをベッドにして眠っていた。

 いつの間にかタオルから抜け出していたが、このままで大丈夫なんだろうか。

 手のひらの方は無理だが、念のため反対側を拭いておくか。


 さて、名前。

 名前か。


 ……そうだな。



 静かに寝息を立てる子の体を指の腹で優しく撫でながら、俺は思いを馳せる。

 この子であれば、町に向かうことも問題ないと思えたからだ。


 たとえ魔物であろうと、ペンギンである以上は大きさに制限があるはず。

 街門守護者もこの子であれば通してくれるだろうとも思えた。


 なら、この子がある程度大きくなったら、一度ラーラに逢いにいこう。

 缶詰生活をしているだろうし、何よりも産まれたこの子を見てもらいたい。

 でもまずは、この子に名前を付けてあげないとな。


「ゆっくりでいい。

 丈夫な子になろうな、フラヴィ」


 すやすやと眠る子を見ながら、この子が優しい子に育てばいいなと俺は思う。

 不思議な話だが、この子が乱暴な子になるとはまったく思えなかった。


 大丈夫だ。

 きっと優しい子に育つだろう。


 そんな予感が俺にはあった。

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