ひと目だけでも
ひとり店内に残るラーラは、急に静かになったことに寂しさを感じていた。
こんなにもお店は広かっただろうかと彼女は考える。
長い時間を生きていれば、必ず別れはやってくる。
出会いの数だけあるのだから、それも当たり前のことではあるのだが。
それでも思わずにはいられない。
寂しいと思える気持ちは、いくつになってもなくなることはない。
それも当たり前だ。
大切な人達が、また旅立ってしまったのだから。
「……私も、旅をしようかしら」
自然と出たものだが、彼女には名案に思えてならなかった。
寂しいと感じる場所でお店を経営するよりも、たまにはいいかもしれない。
ラーラには不思議とそう思えた。
「ふふっ。久々に迷宮都市で遊ぼうかしらね。
ついでにアイテムを仕入れて、何か美味しいものを――」
そう言葉にして、むなしさが一気に込み上げる。
あれほど美味しい料理を食べたあとなのだから、それも当然なのだろうか。
カウンターに腰を預けながら腕を組み、彼女は悩み出す。
このまま店を続けて、美味しくもない糧食生活をするのか。
それとも迷宮都市で仕入れた物を売って、美味しい料理を食べるのがいいか。
この店からあまり出られないことを考えれば、別の意味でも缶詰生活をしている彼女にとって、迷宮都市で仕入れをしながらの生活はとても魅力的だ。
しかし、そう簡単に店を空けられるものでもない。
さ来週末には友人と逢う予定がある。
それにトーヤが戻ってくる可能性だって捨てきれない。
そうなれば美味しいご飯を食べそびれることになってしまう。
「それはだめ、絶対にだめ。
トーヤ君の美味しいお料理を食べられないなんて、悲しすぎる!」
となれば、ある程度はここに待機せざるをえない。
彼が作り残したものは3食分ほどあるが、それを食べ終えればまた美味しくもない栄養価だけの糧食生活に逆戻りだ。
かといって、彼の残したレシピ通りに料理を作れる自信など微塵もない。
「よし! ひと月よ! ひと月だけここで待つわ!
もしトーヤ君が帰ってこなければ、いずれ向かう迷宮都市で待ってる!
そうと決まれば、出かける準備だけはしっかりしておきましょ!」
とても楽しそうに鼻歌を歌いながら私室へと向かうラーラ。
すでに開店時間となっているが、彼女は気がついていない様子だった。
私室に入り、旅立ちの準備を始めた。
自然と床に置かれていた大きめの木箱に彼女の視線が止まる。
笑顔だったラーラは真顔に戻り、次第にどこか寂しげな表情へ変えていく。
手をかざし、魔法の施錠がされている箱を開けると、大切にしまわれた一振りの短剣を取り出し、愛おしそうに撫でながら言葉にする。
「……懐かしいわね。
あの服を、私の大好きな子が着て旅に出るだなんてね。
あなたが見つけた隠し部屋の宝箱から出たものよ。
可愛くないわってあなたは残念がっていたけど、あの子は好んで着てくれたわ」
彼女から右に見える大きめの窓までやってくると、街並みを見ながら呟いた。
「……本当に懐かしいわ。
まるで昨日のことのように思い出せるのに。
あれからもう、随分と時間が経っちゃったわよ」
静かに続く彼女の独り言は、朝特有の静かな賑わいに消された。
空を見上げ、彼女は短剣の持ち主に思いを馳せる。
決して逢えない大切な友人に向けて、返されることのない言葉を続けた。
「……あなたは今、どうしているのかな。
あなたがいた世界へ無事に戻れたのかな?
幸せに、温かい家庭の中で天寿を全うしてくれていたらいいな」
今はもう逢うことの出来ない大切な人を彼女は想う。
「……もう一度……。
ひと目だけでも、あなたに逢いたいわ……」
優しく強く握り締めた白銀の短剣は、今もなお美しい輝きを放つ。
煌くような美しさは、まるで彼女のようだと思いながら、ラーラはもう逢うことのできない大切な友人の名を言葉にした。
「……レリア」