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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第一章 はじまりは突然に
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現実世界

 空を見上げる俺は、手に残る感触に気持ちが揺れていた。


 確かにこんな体験はこれまでない。

 だがこうも上手くいかないとは思ってなかった。


 剣の重さだけじゃない。

 飛び出すタイミング、足の運び、剣速に角度、周囲への警戒意識。

 どれを取っても満足のいくような内容ではなかった。


 真剣に心が乱された。

 動く生き物を斬ったことに抵抗感がある。

 一撃目から、まるで急に剣が重くなったようにも感じた。


 ……これが、実戦……。


 何もかも、想像とは違っていた。

 経験を積まないと本気で危ないな、これは。


 ゴブリンを倒すこと自体にためらいはなかった。

 しっかりと事前に覚悟ができていたってことなんだろうな。

 そこは及第点だと言えるんだろうが。


 まぁ、最初から完璧にできる奴なんていないだろうし、少しずつ学んでいくか。

 そんなことを考えていると、ディートリヒがこちらへとやって来たようだ。


 ある程度は予想していたが、やはり驚かれるよな。

 中々面白い呆けた顔になってますよ。

 とりあえず、借りたものを返さないとな。


「ありがとうございました」

「……え? あ、あぁ、うん……まぁ、なんだ……。

 ……すごく強いんだな、トーヤは……」

「そんなことはありませんよ。

 動くものを斬ったのも初めてですし、色々と足りないものが見えました。

 血が出なかったのには少し驚きましたが」


 倒したゴブリンは、光の粒子になって空に溶けるように消えた。

 不思議な光景だと思いながらも現実感のある戦いに、この世界がゲームの中ではないことをはっきりと理解できた。


 これは間違いなく現実だ。

 血は出なかったが、斬った感触だけじゃない。

 これまで感じる全てにリアリティーを強く感じた。


 異世界漂流物の小説によくある勘違いが、俺には理解できない。

 そんなもの、世界をよく見れば確信できるはずだ。


 風の音、雲の流れ、草木の香り、葉の揺らめき、物の質感、人との会話。

 その全てが作り物ではないことを間違いなく示している。

 これだけのものが創られた世界であるはずがない。

 逆に何故ゲームだと信じられるのかを聞きたいくらいだ。


 だが、いい経験ができた。

 この世界で生きる覚悟と、元の世界に戻るための方法を模索するか。

 このままじゃ父さんに恩返しのひとつもできないからな。

 それに……。


「……にしてもすごいな、トーヤは……。

 何か武術を真剣に習ってたのは分かるんだが、想像以上の強さだ……」

「たしなむ程度ですよ」

「お、おぅ……」


 ディートリヒは言葉にならない様子だ。

 だが実際に、俺は流派を皆伝まで高めたわけじゃない。

 奥義だけじゃなく、まだまだ習うべきものがあったはずだ。

 ……何かを掴みかけていただけに、それが悔やまれる。


 元の世界に戻れる方法がないとは限らないからな。

 この世界の情報と、この世界を歩く覚悟を手にすることが最優先だが、落ち着いたら帰還方法を探さないとダメだろう。


 誰かが送り込んだのか、呼び込まれたのか。

 それとも放り込まれるようにこの世界に迷い込んだのか。

 俺にはその判断がつかないし、つくこともないかもしれない。


 でもこのままこの世界に骨を埋める気はさらさらない。

 帰る場所も待ってくれている家族もいるからな。

 ……というか、俺がいなくなったことで取り乱してなければいいんだが……。


 帰還したら時間はたいして進んでいなかった、なんて小説もあるくらいだしな。

 楽観視はできないけど、前向きに考えるのが精神的にいいだろうか。


 考えすぎても仕方ない。

 なるようになるか。


「……まぁ、なにはともあれ、無事でよかったよ。

 そういえば、ゴブリンのドロップ品は何か出たか?」

「ドロップ品、ですか?

 ……あぁ、討伐すると落ちるアイテムみたいなやつのことでしょうか?」

「そうだ。魔物は稀にそういったものを落とすことがあるぞ。

 敵の持ってる武器だったり加工用素材だったりと、色々あるんだ。

 まぁ、ほとんどが素材で、加工屋に持って行くと強化やら武具の製作やらに使えるんだが、それは追々話すさ。まずは野営地に戻って仲間を紹介しようと思う」

「そうですね、お願いします」


 地面を見て確認したが、残念ながらドロップ品はなかったようだ。

 とはいえ、ゴブリンが落とすアイテムは大した物じゃないらしい。

 良くて刃の欠けたダガーや、武具加工に使える金属片とか薬草。

 そんな程度のアイテムだと教えてくれた。


 ちなみに薬草とは文字通りの意味だが、食べるだけで体力が回復するようなものじゃなく、健康にいいハーブのようなものらしい。

 それも様々な種類を落とすらしく、残念ながら高価で売れるものはないそうだ。

 食べればたちまち傷が回復する草にはちょっと興味はあったが、薬草にそんな効果はないぞとディートリヒは笑いながら答えた。

 そういったものは俗にポーションと呼ばれる薬の類なのだとか。

 薬効成分を含んだ草花から抽出したものなので、専門の薬師が生産販売してるらしい。これについてもしっかりと教えてやるからなと言われた。


 道すがら、動物にも同じように落とす品があると聞いて驚いた。

 本当にゲームのような世界なんだなと思わずにはいられない。

 もっとも動物は肉やら毛皮やら、魔物とは違うものを落とすらしい。

 肉が足りなくなったら動物を狩ることになるのだそうだ。

 動物を剥ぎ取ったりするのは流石にかなりのハードルを感じる俺にとって、そういったものじゃなくてどこか安堵しているのを感じた。


 まぁ誰だって、ああいったことには抵抗があるだろうな。

 生死に関わる状況なら腹も括れるだろうが、それでも嫌悪感を強く感じてしまうのは、俺が日本で生まれ育ったからなのかもしれない。

 それでも必要とあらばできるようには心構えをしておくか。


 そんなことを考えながら、思いついたように魚のことも聞いてみたが、心構えをする前にその事実を突きつけられてしまった。


 どうやら魚は例外のようだ。

 小魚はそのまま入手できて、大きな魚はドロップ品として変化するのだそうだ。


 その違いに違和感を覚える。

 いったい何がどう違うのだろうかと思ったが、そういう世界なんだろうとあまり深く考えない方がいいかもしれない。


 小魚を動物が食べた瞬間ドロップ品に変化しちゃ、色々とまずいだろう。

 そういった存在のための"仕様"だったりするのかもしれないな。

 これは世界の法則かもしれないが、どちらにしても俺には判断できないか。



 そんな話をしていると、すぐ野営地に到着した。

 5分くらいって言ってたし、近いのも当たり前ではあるんだが。

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