心から信頼する仲間たちと共に
バウムガルテンの動脈とも言える表通りから外れ、少しだけ歩いた場所にある一軒の魔導具店に俺たちは集った。
町に着いたその足で彼女の店へと向かったが、どうやら先に話を通してもらっていたようで彼らの戻りを待つことなく会うことができた。
しかし、これ以上ないほど難しい表情を見せながら頭を抱え続けるディートリヒたちに、何と声をかけるべきかと悩んでしまう。
彼らにはアンジェリーヌたちと同じように"エルルの家を探しに行く"と話してこの町を出たからな。
それがまさかとんでもない状況になっていたとは露知らず、その衝撃的どころではない驚愕する話に思考が完全に凍り付いたのも、仕方がないとは思う。
そんな彼らの様子を楽しそうにけらけらと笑う女性がひとり、空気も読まずにお腹を抱え込みながら爆笑し続ける異様な空間に、俺たちも言葉が続かずにいた。
「……あー、ラーラさん、そろそろ話を続けたいんだが……」
「ごめっなさい!
みんなの反応がっ!
あまりにもっ!
面白くって!」
「その原因を作った本人がそこまで笑えるのは、本当に凄いと思うよ……」
「あははっ!
ありがとっ!
あっはははっ!」
深いため息が出た。
この調子だと、話をするのは随分先になりそうだな……。
* *
「もう、いいのか?」
「……あぁ、大丈夫だ……。
あまりにも衝撃的すぎた内容だが……」
「まぁ、今は心を落ち着けることを優先するといいよ。
大笑いしてたのが女神サマだなんて、信じろってのが無茶な話だ」
「失礼しちゃうわ!
これでもそれなりに力を持った女神なんですからね!」
「……ともかく、目先の問題は帝国との戦争になった場合だな」
ここは帝国から相当離れているが、暗殺者が本格的に動き出せばどれだけの被害を被るか、俺には予測できない。
これに関しては、ヴィクトルさんやテレーゼさんに訊ねても分からないことなのは間違いないだろう。
しかしこのバウムガルテンはもちろん、随分遠くのデルプフェルトに逃げたとしても安全が確保できるかと言えば、必ずしもそうだとは限らない。
そして、俺の懸念が最悪にも的中することになった。
「まぁ、俺たちは戦うだろうな」
「だな」
「僕にとってもこの国は第二の故郷とも言えますからね。
どこで戦うのかは分かりませんが、この国を護りたいです」
「えぇ、その通りです。
私たちにも何かできることはあると思いますし、この国は自由を何よりも尊重する世界でも唯一の自由都市同盟。
万が一にもこの国が失われるような事態になれば、"自由そのもの"が踏みにじられるのと同義ですから、何もせずに黙ったままではいられません」
彼女の件には思考停止してようとも、これに関しては即答で彼らは答えた。
懸念してたくらいだ。
正直なところ、そう言うと思ってたよ。
初めて会った時から、みんなは"自由"を何よりも大切にしていたからな。
みんなが持つ思想に俺も共感したし、何よりも護るべき理念だと理解しているつもりだよ。
「なぁ、トーヤ。
色々と切羽詰まってるのも理解してる。
時間がないのも俺ぁ分かってるつもりだよ。
……それでも、無理を承知で頼むよ。
俺たちを本格的に鍛えてくれないか?」
そう言葉にしたのはフランツだった。
思えばこういったことは彼のほうが感覚が鋭いからな。
真っ先に話をするのも当然なのかもしれない。
「……頼まれるだろうなって、俺も分かってたよ。
みんなは出会った頃から"自由な冒険者"だったからな」
だから素直に憧れたんだ。
冒険者としても、ひとりの男としても。
みんなと出逢えて良かったと本気で思ったんだ。
「ひとつ、"忠告"させてほしい。
どんなに技術を高めても、どんなに最善の行動を取り続けても、最悪の可能性は完全に消えたりしない。
戦争に参加することの意味は、平和な世界にいた俺よりも遥かにみんなのほうが知ってると思うが、それでも戦うつもりなのか?」
みんななら、俺が伝えたいことも分かってもらえるよな?
自由都市同盟内での戦争は起きないかもしれない。
危険なのは共和国と女王国のどちらかか、その両方だ。
自由都市同盟は"友好国"として参戦するだろう。
つまり、遠征して死地に赴くことになる。
安全圏で待ってろとは言わない。
けど、行動次第では"その可能性がある"って言いたいんだ。
何が起こるか分からない場所へ飛び込めば、命を落とすかもしれない。
戦争となれば、相手は数十どころじゃない。
数百、数千人規模での戦いに身を投じることになる。
敵味方入り乱れての混戦の中、一瞬の油断が生死を分かつんだ。
俺なんかが知ったような口を利くもんじゃないのも理解してる。
それでも、みんななら俺が何を伝えたいか分かってもらえるよな?
懇願するように考え直してほしいと目で伝える。
これまで幾度となく表情から読み解かれているんだ。
目で訴えれば、しっかりとみんなにも伝わってるはずだ。
「……ありがとうな、トーヤ。
本当に出逢えて良かったよ」
「だな!」
「……やっぱり、ダメか」
「生き方を素直に変えられるほど僕たちは器用でもありませんし、戦う理由のほうが僕たちにはあるんですよね」
「そうですね。
それに、"誰もが私たちを目指すような冒険者"になりたいですから」
「――ちょ!? おま!?」
「諦めろ、フランツ。
俺たちとトーヤが似ているように、お前とも俺たちは似てるんだよ」
「そうですね。
私たちはフランツさんの強くなるための答えに感化されてしまいましたからね」
「そうありたいと思いますし、そうあるべきだと僕は確信しました。
なら、この国の人たちを護るために強くなりたいと思う気持ちも、とても自然なものです」
……そうだよな。
みんななら、そう言うよな……。
この世界を管理しているシステムに導かれたのかもしれないが、"ラティエール"に降り立って初めて会えたのがみんなで本当に良かったと、心から思うよ。
「それじゃあ、行こうか。
みんなで強くなるために」
「おうよ!
いつかはトーヤを打ち負かしてやんだから忘れんなよ!」
「またフランツさんは……」
「ふむ、いい気合いだな。
我らも超えられぬよう、気を引き締めねばならないな」
「そうですね。
とても楽しみではありますが」
「練習相手が必要なら、私で良ければお手伝いしますよ。
同じ冒険者としても学ぶべきことが多いですし」
大人たちは楽しそうに声を弾ませた。
教えるべきこと、見るべき点はとても多い。
しばらく会ってなかったから、型を修正する必要もある。
この先、どれだけ苦労しようとも、強くなれるかはみんな次第だ。
……本音を言えば、来るべき時に備えて俺自身を高めなければならないが、不思議と俺にはこうすることが最適解だと思えるんだよな。
何かを掴みかけていた"奥義の最奥"は、まだまだ薄ぼんやりとはっきりしないまま、俺の奥底で眠りに就いている。
父ですら到達していない流派の極意を手にするのかは分からないし、たった1年なんて短い期間で体得できるようなものではないのも分かっているつもりだ。
ひたむきに向き合って、研鑽を積み続けても届くとは限らない。
でも、こうすることが正しいんだと、俺には思えるんだ。
確証なんてまったくないし、必ず体得するとは断言できない。
それでも、俺にはこうすることが"答え"に繋がると思えたんだ。
人は、独りでは強くなれないからな。
たとえなれたとしても、そんなものは高が知れている。
そんなものは本当の強さなんかじゃない。
誰かを護り、自分をも護る。
これが"武術"なんだから。
ここにいる俺の大切な仲間たちは、それを良く知っている。
だからこそ俺たちは自然と惹かれ合い、共に高みを目指そうと研鑽を積む。
大切な人と大切な想いを護り通す力を手にするために。
それを踏みにじる悪意を振り払う強さを手にするために。
新たなる一歩を踏み出した。
心から信頼する仲間たちと共に――