自身の命よりも遥かに
だとしても、これはそう簡単に信じられる現象ではない。
コアとは一度でも深く傷ついてしまえば、創造神でも修復は不可能だ。
遠くないうちに世界は破滅へと向かい、生物の住めない環境になる。
その場合は新しく世界を創り直すしかない。
星を創り、魂に体を与えるしか方法がなくなる。
だが同時に、ある可能性に思いつくラーラリラジェイラ。
もしそんなことができるのであれば、これほど頼もしいことはない。
「……なるほど、"不可能を可能にする"女神の力を借りるのね」
「えぇ。
そうすることで、世界に影響なく神々を敵の支配領域に連れて行けるの。
同時に神々で空間を凍結し、逃亡を阻止するのが作戦の第一目標よ」
「トーヤさんたちの一撃ならば両断できる。
再生や転生される可能性は空間凍結で封じ、確実に敵を消滅させるのね」
「あの子はうちの"管理世界"にいるし、力を十分につけるまで干渉されないわ。
四重、五重どころか、13層も質の違う強力な結界を張り巡らせたから安心よ」
作戦の要のひとつとなる彼女の保護は最優先事項だ。
むしろ彼女を失えばすべてが白紙に戻りかねない。
同時にそれはトーヤたちにも言えることだった。
「それでトーヤさんたちがいるこの世界のほうが"遥かに厄介"だと言ったのね」
「そうよ」
エルルミウルラティールの創り上げた世界"ラティエール"は、無防備な状態だと言える。
現に"プレデター"を始めとした侵略者が機を窺うように準備を始めている。
これらすべてを一瞬のうちに消滅させることができない以上は対処に時間がかかる上、ひとたび"種"が覚醒すれば一気に形成が変わるだけの事態になるだろう。
これに関して言えば、トーヤが修練を終えるまで女神たちも手が出せない。
下手に藪をつつく行為は自重するべきだ。
「ともかく私は"プレデター"の始末を優先するわ。
まずは1匹狩って、情報共有しましょう。
解析と同種が侵入できないようにデータを送ってもらえるかしら?」
「えぇ、そのつもりよ。
ただ"プレデター"に関して言えば、それほどの驚異じゃないわ。
問題は物理、魔法耐性が完璧に備わった怪物が覚醒するほうが遥かに危険よ。
解析して対応策をこちらでも検討するけれど、あまり期待はしないでね」
それはつまるところ、一度でも寄生されてしまえば対処法がひとつしかない、という意味に他ならなかった。
「私たちはもちろん、あの子の準備も1年以内に終わるわ。
あとはトーヤ君たちを待って、敵を一気に殲滅しましょう」
こくりと頷くエルルミウルラティールとラーラリラジェイラ。
彼女たちにできることは、正直なところ少ないと言えた。
それでも可能な限り準備を進め、トーヤたちの力となることを固く誓うふたりだった。
「それにしても、驚嘆すべきはトーヤ君たちが使う技術ね。
あんな凄まじい力を人の子が独学で作り上げるなんて……」
確かにラーラリラジェイラの言うことはもっともだ。
邪な存在とはいえ、相手は神に他ならない。
それも並の強さを持つ程度の神では勝ち目すら見えないだろう。
そんな相手を前に臆するどころか、確実に仕留める覚悟を持っていた。
その理由も十分すぎるほど理解できる金髪碧眼の女神だが、それでもトーヤたちの使う技術には目を見張るものがあった。
「魂に記憶した情報を引き出したことも影響してるけれど、正確に言えば彼のお父さんのほうが驚嘆すべき実力者と言えるかもしれないわ」
「トーヤ君のお父さん?
そういえば、彼の学んだ武術流派の最高師範だと聞いたけれど」
「いえ、そうじゃないのよ」
エルルミウルラティールは、ラーラリラジェイラの言葉を否定した。
実際に育った環境が彼の強さに深く関係している。
武術が身近に感じられる場所で育てば、彼のひたむきさや覚悟と努力なら、その技術は一般的な人の子よりも遥か高みにまで到達するのは間違いない。
だが、そうではないと彼女は言葉を続ける。
「正しくはトーヤさんの実父。
彼もまた同じ流派を学んでいたの。
トーヤさんは知らないようだけれど」
恐らくは、彼が大人になるまで黙っていたのかもしれない。
そんな状況でこの世界に呼び出したことは、いくら謝罪をしてもしきれないエルルミウルラティールだが、彼を召喚した理由と今後起こるだろう現状を聞いたトーヤは快く賛同してくれた。
いや、彼にとっては選択することすら愚問だったようだが。
思えばトーヤからすれば、フラヴィたちを連れ帰れないと知った時点で帰還を諦めたのかもしれない。
家族の繋がりを何よりも大切にする少年であることは、ここにいる三柱の女神たちも知るところだ。
少なくとも、子供たちを置いて世界を去れるような子では決してないのだから。
ある理由から彼を呼び寄せたエルルミウルラティールだが、それでも彼の意志を無視して一方的に召喚した事実は変わらない。
もしかしたら事態は好転して、彼らも地球へ帰還する選択を選べるかもしれないが、それは結果論に過ぎないことも彼女は十分理解していた。
「……ラティ?」
「ごめんなさい。
詳細を渡すわね」
手をかざして送られた情報を読み解く二柱の女神だが、すぐに驚いた様子で言葉にした。
「これは……。
……いえ、そういうことなのね……。
それでトーヤ君とフラヴィちゃんは……」
「"血の繋がり"とはよく言ったものだけれど、本当に不思議な縁だわ。
フラヴィちゃんとの絆がとても深くなっているのね」
「血族と同等の、とても強い絆になったのよ。
だからフラヴィさんは彼の知識と技術を継承できたのね。
本来なら魔物の卵に特殊な力を込めたとしても、こうはならない。
彼自身がとても大切な家族を想ったことで、能力が継承したと推察するわ」
並の絆では起こりようもない現象。
これはもはや"奇跡"と言えるだろう。
トーヤは家族を何よりも大切にする。
それこそ自身の命よりも遥かに大切に。
そんな彼が家族を想いながら力を込めたのだから、それだけの深い絆ができたのも必然だったのかもしれない。
「……本当に優しい子ね、トーヤ君は……」
「えぇ、私もそう思うわ。
あんなに優しくて強い子、私は見たことがないわ」
「でしょー!
私の旦那様だもの!
素敵なのは知ってたわよ!」
まるで自分のことのように喜びながらくねくねと体をよじるラーラリラジェイラに、どこか疲れた様子で瞳を閉じたエルルミウルラティールと、とても楽しそうにその姿を見つめる金髪碧眼の女神だった。




