いちばん恐れていたことが
リゼットとクラウディアに関しては特に問題ないらしい。
"英雄の資質"持ちであるリゼットだが、これも"空人"と同じく世界を渡った者が魂に刻まれた情報を無意識に引き出したことで、その世界では特質的な強さを持つと人々から言われているだけのようだ。
クラウディアは元々この世界に定着した魂ではあるが、本人の努力次第でいくらでも強くなれると女神は話した。
「人に限らず生命とは、相応の技術を体得できる無限大の可能性を秘めています。
もちろん努力のすべてが報われるとは限りませんし、どんなに頑張っても到達できない領域が越えられない壁として立ちはだかるでしょう。
それでも勇気ある一歩を踏み出せば好転するかもしれません。
どうぞ諦めずにゆっくりと歩み続けてください」
「ありがとうございます。
主さまたちに追いつけるよう、研鑽を積みます」
優しい声色でクラウディアは答えるが、闘志にも思える強い気配を纏っていた。
前々から思っていたが、彼女は仲間を護ることを何よりも大切に想ってる。
それが家訓だからという枠を超えた覚悟を持つ彼女は、指導者側から言わせてもらえれば非常に育て甲斐のある門下生と言える。
時間は正直なところ差し迫っているとしか言いようがないが、それでもできることを続ければ到達できる世界があるってことを見せてもらえるかもしれないな。
こんな時でもなければ、じっくりと鍛えてあげたかったのが本音だが……。
「……トーヤさんにお伝えしなければならないことがあります」
「……」
女神がそう言葉にしたのは、クラウディアの話を終えてからしばらくの間を空けてのことだった。
とても難しい表情をしながら話す女神の瞳には迷いが感じられた。
だが彼女が何を言いたかったのか、俺は本能的に察したんだろう。
そうでなければ言葉に詰まることもなく受け答えていたはずだが、口すら開けずに立ち尽くしていた。
「フラヴィさんのことです」
……ずっと考えないようにしていた。
正確には、何も悪いことが起きないんだと、俺は信じたかったんだ。
その事実を突きつけられる瞬間が必ず来るとは分かっていたとしても、悪いほうへ考えすぎだと俺は思いたかったんだ。
女神から語られる言葉は、どれもが現実味を帯びていないように感じながらも、一言一言が心を縛り付けるように重々しくのしかかった。
実際にそれが正しいのか、なんて話ではない。
それこそが真実で、俺自身が受け止めなければならないことだった。
「フラヴィさんの急激な成長は、明らかに異常と言えます。
急成長する子もそれなりにいますが、彼女の種族では起こりえないんです」
ピングイーン種。
世界に生息する魔物の中でも最底辺に位置するほどの強さと人々からは認知される"最弱の種族"の上、本来は成熟が遅く、ゆっくりと成長する。
例外的にヒナからある程度大きくなるのは、そうしなければ逃げることもままならないためだと女神は話した。
思えば人とは大きく違う生活環境なんだから、それも当然だ。
そうしなければただ捕食対象となるだけの危険な世界に生きる子たちが、身を護るためにある程度の急成長を見せるのも生存本能からきているのかもしれない。
だがそれも最初の1度だけだと、女神は続けた。
そこからは時間をかけて少しずつ成長するそうだ。
最底辺に位置する魔物は、そのほとんどが10日とかからずに成体よりもやや小さい体長になるらしく、ここがピングイーンとはまったく違うと教えてくれた。
逆に言えば、そういったことや一度でも懐けば愛くるしい行動をするところから、悪党どもに狙われていたとも思えた。
しかし、重要なのはそこではない。
俺がいちばん恐れていたことが、現実に起こりつつあった。
「記録を見る限り、人の姿になったことはそれほど関係性がありません。
あくまでも姿形が変わっただけで、精神が成長を遂げたとは言えませんので」
確かにあの時のフラヴィは幼児のような言動をしていた。
受け答えはしっかりしているものの、それは出会った頃の小さなブランシェと大差がなかったようにも思えてならない。
「ですが2度目の成長は明らかに異常です。
本来ありえないことだと断言できます」
対処が遅れた。
真っ先にそう思った。
けれど、それは現実逃避なのだとすぐに答えが出た。
俺自身が抱えている心の弱さを痛感させられた。
それでも思わずにはいられない。
何か手を尽くせば、どうにかなったんじゃないかと。
情けない思考が次々と湧いては、現実的な答えに潰されて消え続けた。
すべては俺が不用意に力を使って卵を孵したことが原因なのか……。
自衛目的とはいえ、戦わせようとしたことが問題だったのか……。
あんなにも優しい心を持つ子を、危険な世界に込んだのが……。
それとも、どんな道を進んでいたとしても、変わらなかったんだろうか……。
まるで必然のように。
そうなることが運命付けられていたように。
……いや、そんなはずはない。
運命であるわけがないんだ。
すべては俺の責任だ。
俺がそうしてしまった。
俺がそうさせたんだ。
こんなにも優しくて幼い子の人生を、俺が狂わせてしまったんだ。