特異的な存在
オーフェリアの心が落ち着きをみせた頃、リージェとレヴィアの話に入った。
とはいえ、ふたりはそれほど悪い影響が出ているわけではないようだ。
リージェはこの世界でも非常に稀な存在で、オリヴィアとは別の精霊に近いと思われるようだ。
ただし彼女の場合は同族と呼べるような者はおらず、唯一無二なのだとか。
「人の意思を大樹が知りたいと思ったことがリージェさんの起源のようですね。
この世界に限定しないのであればそれなりの報告例はあるのですが、"ラティエール"では3例目になります。
世界への影響を与えるかも調べましたが、まったく問題ありません。
どうぞご自由に世界を歩いてください」
「はい、わかりました」
だが、それを伝えるためだけに話をしていたわけじゃなさそうだ。
彼女に向けていた視線を俺に変えた女神は、本題に入った。
「リージェさんの本体とも言うべき大樹ですが、もしよければこの"管理世界"に根を生やしてはどうでしょうか」
考えもしなかったことだが、聞いてみれば興味深い推察がいくつか思いついた。
もしそれが正しいのであれば、リージェの生き方に幅が広がるかもしれない。
「俺を基準とした一定範囲から越えられないことや、もしも俺に何かが起きた場合にリージェにも悪影響が出ることに関連しているのか?」
「はい。
現在はトーヤさんのインベントリに仕舞われていますが、ここであれば安全性の確保だけでなく、大樹が本来必要としている栄養素の補給もしっかりとできます」
……その言い方は少々気になるが、つまりはこういうことか。
「一般的な人の食事では補えない成分があったんだな……」
「はい。
見た目は人の子そのものではありますが、生物的にはやはり大樹に近い存在なので、どうしても栄養が偏ってしまいます。
地上では補えない栄養素が必要ですから、ここに根を下ろしていただければと」
前はできていたことが、今はできない。
リージェが人の姿を取るようになったことで、大樹のほうにも大きな変化が出たって意味になるんだろうな。
「地上で根を下ろすと、同じ病気を患う可能性があるのでしょうか?」
「正確に言えば病気ではないのですが、おおむね合っています。
影響を感じるほど悪化するのは60年以上先の話になりますし、あなたの生命力が低下した理由は不要な栄養素まで大地から吸収してしまうことなので、その調整を含めての提案となります」
色々と気になる言葉が飛び出しているが、少なくとも今日明日で体が悪くなるわけでもなさそうだな。
ともかく、不要なものまで吸収しているとなれば、大樹自体の機能に問題が生じたと思っていいのかもしれない。
"エスポワール"で完治したと考えていたが、そういう問題ではないんだな。
「どうされますか?
期間は随分とありますし、今は様子を見ますか?」
「いえ、お願いしようと思います。
トーヤさんと離れ離れになるのは寂しいですが、それも大樹だけですので」
……オーフェリアの時とは違う意味で言葉が出なかった。
時々リージェは突っ込みを入れてもらいたいのかと思えるような言動をしてる気がするが、きっと気のせいだな……。
少しだけ離れた場所に大樹を置くと、女神は力を使って地中に根を埋めた。
あの日と変わらずに咲き誇る美しい薄桃色の花は、桜を思い起こさせる。
花の名前を女神に聞いたが、この世界には存在していない唯一無二なのだとか。
彼女は特殊な進化とも言える成長を遂げているから仕方ないのかもしれない。
「中心だったトーヤさんから、この場所に気持ちが移り変わったようですね」
「……また突っ込みどころのあることを……。
ともかく、あとは任せても大丈夫なのか?」
「はい。
調整後は地上に移すことも可能ではありますが、大樹を傷つけられることも考えられますのでこのまま定住していただければと思います」
その言葉が適切なのかはさておき、これで落ち着けそうだ。
俺もインベントリに放り込んでおくのはどうかと思っていたが、そのまま放置することもできなかったからな。
これもいい機会と言えるのかもしれないな。
「次はレヴィアさんですが、これはあなた自身が良く理解しているのではありませんか?」
「そうだな」
彼女はその生涯を水龍のまま終えるはずだった。
生物上ありえない進化とも言える強引な手段を取って人の姿を手に入れたんだから、何かしらの影響が出ても不思議ではないと思っていた。
しかし彼女の件も、それほど悪い話を聞かされることはなさそうで安堵した。
その可能性もここに来てから考えてはいたが、どうやらあの水中神殿の最奥で聞いた声の主は女神の眷属だったようだ。
「トーヤさんたちが入手した何も書かれていない白紙の本は、手にした者や仲間がどうありたいのかを願うことで簡易的にシステムへ申請するためのもの。
すでに受理し、レヴィアさんの肉体を人の子へと変化させた時点で調整は済んでいますので、悪影響を受けることはありません。
ですが、本来であれば人の姿になれなかったので、現在のレヴィアさんは特別な存在になっています」
しいて言えば、人でも龍でもあるし、人でも龍でもないそうだ。
これに関してはリージェやオリヴィアと同じく、種族を超えた存在とも言い換えられる特異的な存在なのだとか。
「ふむ。
やはり我は人の子ではないのか。
龍であることに未練はないが、いささか寂しさを覚えるな」
レヴィアは人として生きることを強く願っていた。
俺たちと旅を続ける中でそれを実感しつつも、"どこか人ではない"と考えるようになっていたのか。
「……悪い。
気付けなかったよ」
「構わぬ。
そう思ったのも我で、話さなかったのも我だ。
主に"旅をしないか"と提案された時、内心では驚きつつも嬉しさのほうが遥かに勝っていた。
これまで多くの場所を巡り、様々な事件とも遭遇してきたが、そのどれもが良くも悪くも経験になったと我は思っているよ」
そう彼女は笑顔で答えた。
なら、俺に言えることはこれだけだ。
「人だろうが龍だろうが、レヴィアはレヴィアだ」
「主ならそう言ってくれると思っていた」
余韻に浸るように瞳を閉じた彼女から溢れた気配は、とても優しいものだった。