本当にありがとう
「次は、オーフェリアさんについてお話をさせていただきます」
そう言葉にした女神は表情を曇らせた。
あれだけ爆発させるような力を使ったんだ。
それなりに影響はあると思っていたが、どうやら俺が考えていたことよりも遥かに厄介なものを彼女は抱えていたようだ。
「トーヤさんの力で鎮静化されたこともあって現在は落ち着きを取り戻していますが、それも一時的なものにすぎません。
エレオノーラさんから継承した力が"禁呪"と呼ばれる非常に危険なものであることは、実際に使ったオーフェリアさんがいちばん理解していると思います。
あれは強引な手段で力を引き出しているため、人の子が持つ器では止めどなく溢れる力の奔流を抑えることができないどころか、魂にすら強烈な負荷をかけてしまうのです」
器とは、修練によって少しずつ大きくなっていくものだと女神は話した。
経験や鍛錬を積めば、強大なものでもいずれは扱えるようになる。
しかし、オーフェリアが託されるように手にした力には当てはまらないようだ。
「その力の根源は"負の感情"。
それも悪意どころではない、強烈な"怨みの力"。
さらには数人の想いが、まるで怨霊のように取り憑いたものなのです。
エレオノーラさんとの繋がりを大切にしたいと思う気持ちはとても尊いもの。
ですがそれを取り除かなければ、近い将来あなたと周りにいる人たちすべてに災厄として襲い掛かることになります」
……あの力は確かに異常だった。
まるで、ありとあらゆる負の感情を抱え込んでいたような、言ってみればおぞましさすら強く感じた。
あんなものを人間が抱えていればどうなるのか、想像くらいは俺にもできた。
これまで訊ねることはなかったが、そんな危険な力を彼女が受け入れた理由も決意も分からなくはない。
それでも、このまま抱え続けるべきじゃないとも、俺には思えた。
ましてこの世界の管理者たる女神が危険だと断言した。
これはもう選択の余地がないほど危険な状態だったと判断したほうがいい。
「ん。
わかった」
だが、当の本人はあっけらかんと短く答えた。
そのあまりにもぼんやりと聞こえる受け答えに、少々不安が募る。
「……俺が口を出すことじゃないんだが、それで納得できるのか?」
「ん。
大丈夫」
周囲の時が止まったかと思えるような空気を感じた。
確かにあの力は非常に危険だし、二度と使わせるつもりもない。
しかし、そう簡単に割り切れるものなのか、とも考え込んでしまった。
そんな凍り付いたような俺たちに、オーフェリアはいつもと同じ声色で静かに答えた。
「大切なのは"今"だから。
……確かにエレオノーラさんとの繋がりを感じる力だけど、あの一件が解決した時点で使うつもりもなかった。
あれは、浮かばれない人たちの想いが込められた力でありながら、その本質は"狂気そのもの"だと学んだ。
使い続ければ寿命を大きく縮めるだろうって説明も受けた」
「……それでも、受け入れたのか……」
「ん。
迷いも後悔もない。
私と同じ気持ち、誰にも感じてほしくなかった。
望みが叶ったんだから、私は満足」
「……そうか……」
言葉が続かなかった。
どれだけの想いで行動していたのか想像くらいしかできなかったが、結局のところ俺は彼女の気持ちを知ったつもりでいただけなのかもしれない。
最愛の家族と、何よりも大切でいちばん護りたかった妹を失っているんだ。
年齢も考えれば俺なんかよりもずっと辛く、身を切り裂くほどの激しい痛みを感じながら、それでも彼女は大切な誰かを失わせないために行動していた。
「強烈な負の感情の集合体にも思える力は、オーフェリアさんの魂に纏わりつくように渦を巻いています。
このままではそれほど時間をかけずして魂を侵食し、命が尽きてしまいます。
そうなる前に、その力のすべてを取り除いてもよろしいでしょうか?」
「ん。
大丈夫。
エレオノーラさんも、きっと喜んでくれる」
「わかりました」
優しく微笑みながら答えると、女神は右手をかざして力を使った。
手のひらに吸い込まれるようにおぞましい気配がオーフェリアから抜け出る。
徐々に集約した力は漆黒の結晶体として顕現し、光の粒子に姿を変えた。
空へ還るように消えていく輝きを見つめながら、彼女は静かに言葉にした。
「……ありがとう、エレオノーラさん。
何もできなかった私に戦うための力を託してくれて……。
私のことを心から気遣ってくれて……本当に、ありがとう……」
そう答えたオーフェリアの瞳からは、想いの雫が零れ落ちた。