おかえり
限定的な管理者権限の取得は、ものの20秒ほどで終わった。
女神が手をかざし、何かしらの力を込めただけで完了したことに、言いようのない不安が込み上げた。
「終わりました。
これでポータルの使用ができます。
パスコードも知識としてお渡ししましたが、なにか気になる点はありますか?」
「……いや、ないと思う」
わずかとも言える時間で様々な知識を得ることは、随分と奇妙な感覚に思えた。
世界各国の周辺地形、危険思想を持つ悪党が持っているレガシーの詳細など、多くの情報が違和感なく俺の頭に記憶されたようだな。
だが、不安は募るばかりだ。
まさかとは思うが、それでも訊ねなければ気が済まない俺がいた。
「……エルルは……大丈夫なのか?」
呟くような小さな声しか出なかった。
俺が思っているよりもずっと大きな精神的不安になっていたようだ。
エルルは調整をする必要があると女神が言っていた。
しかし、いまだこの場にいないことは、あまりいい状況だとも思えない。
それもある程度の調整は済ませたのにこれだけ時間がかかるとなれば、あの子は相当危険な状態だったのか……。
「大丈夫ですよ」
女神は美しい笑みを浮かべながら答えた。
優しく穏やかなその声は、心を落ち着かせようとしてくれているのは理解できたが、それでも不安を拭い去れない俺に彼女は続けて話した。
「エルルには案内人としての役目をお願いしたのですが、最終調整を済ませる前に飛び出してしまったこともあって、不安定な存在になりかけていたのです。
あのままでいれば半年ほどで様々な不調を来していたでしょうが、それも夢の中での繋がりを持てた今なら少しずつではありますが、この"管理世界"に来ずとも本来のあるべき状態に戻すことが可能になっています」
「その場合は、どのくらいで完了する予定だったんだ?」
「12日ほどで調整は終わりますが、それまでは深い眠りに就いていたでしょう。
現在は最終調整を済ませ、悪影響が出ないかの確認をしていますので、もうしばらくお待ちください」
遠まわしではあるが、相当危険な状態だったと俺には聞こえた。
そうでもなければ、わざわざ夢の中で調整をする必要はないはずだからな。
これだけ話を続けていても帰って来ない理由も納得がいった。
あの子の元気な顔を見られないのは不安ではあるが、これも俺が過保護だからなのかもしれないな。
「トーヤ君はいいのよ、それで。
だからエルルちゃんだけじゃなく、こんなにも大勢の人たちに慕われているんだもの」
「……何も言っていないぞ……」
「まぁ、みんな女の子だけってのは、さすがにどうかと私は思うけどね!」
……相変わらず、ラーラさんは人の話を聞かないな……。
気にならないと言えば嘘になるが、それでも慕ってくれるのは素直に嬉しい。
こうして自然と集まったのも何か特別な意味があるのかもしれないが、それを訊ねることはできなかった。
きっと俺は、怖いんだと思う。
出逢ったのは偶然ではなく、運命だったと女神の明確な答えとして聞くのが。
実際にどうなのか俺には判断がつかないし、俺自身が納得できるような答えを自ら導き出すこともないだろう。
……でも、それでいい。
答えなんて俺には必要ない。
こうしてみんなが集まり、ひとつのことを成そうとしている。
それはきっと特別なことで、もしかしたら俺たちにしかできないことなのかもしれない。
そう思うだけで十分だと思えた。
しばらくすると光の粒子が地面に集まり、懐かしいと思える気配を感じた。
いや、以前よりも力強さと生命力が増えているようだ。
これが本来のエルルだったのかもしれないな。
「どうかしら?
おかしなところはない?」
「ん~。
うん、大丈夫みたい!」
「そう、良かったわ」
軽く女神と言葉を交わしたエルルはこちらに駆け寄り、俺の腹に抱きついた。
瞳を閉じながら頬を寄せる姿から、俺と同様に懐かしさを感じているのか。
「ただいま、トーヤ!」
「あぁ、おかえり」
頭をなでようとエルルに手を伸ばすと、俺の目を見上げながらどこか申し訳なさそうに話した。
「……あのね、トーヤ……。
あたし……この世界の女神じゃ……なかったの……」
「いいんだ。
こうしてエルルがここにいてくれるだけで、それだけでいいんだよ」
「……うん」
俺の服を強く掴みながら、エルルは安心したように"ありがとう"と答えた。
そのとても小さな感謝の言葉にこちらこそだと思いながら、俺は帰って来たエルルの頭を優しくなでた。




