一抹の不安を
俺の言葉に冷静さを取り戻したディートリヒ達は、寂しそうに答えた。
「……そうか。いよいよその日になっちまったんだな」
「となると、魔物の卵を育てる場所を探すんですね」
「あぁ。とは言っても、大まかにはもう決めてるんだけどな」
「東にある湖のほとりですね」
「何かあれば町に戻りやすい位置ってのも便利だからな」
「あの辺りは人もあまり来ないだろうし、育成にはいいかもしれないな。
……って、何で泣いてるんだ?」
半目になりながらディートリヒは、滝のような涙を流す男に尋ねた。
「だってよう! こんなに美味いもんがもう食えねぇんだぞ!?」
「そうよそうよ! でぃーちゃんは分かってないのよ!」
「……なんでラーラさんまで泣いてるんだ……。
そもそも『もう大丈夫ね』って言ったのはラーラさんじゃなかったか?」
「それとこれとはまったくもって別問題なのよ!」
「簡単に作れそうなレシピを書いて渡したんだから、なんとかして欲しいんだが」
ここでもユニークスキル"言語理解"が役に立った。
日本語ではないこの世界の言語でも読み書きができるようだ。
このスキルは異世界での生活に重宝しそうなものだが、図書館に行く必要もなくなったので有効活用できる機会が来るかも分からなくなってきたな。
「こんなにも美味しいお料理を私が作り出せるわけないじゃないッ!!」
「いや、そこを力説されてもな……」
もう苦笑いしか出てこなかった。
ラーラが持つ知識はとても広く深いものだった。
それこそ図書館で調べる必要性を感じないほどに博識だ。
それも魔物や有名冒険者の情報、周辺国の貴族派閥から道端で話している女性達の噂話まで知る彼女の知識には驚かされるものがあった。
いったいどれだけ知っているのかと思わずにはいられなかったが、世の中には年齢や見た目から判断できないような人物がいるのだから、それほど不思議なことではないのかもしれないな。
彼女に一度だけ訊ねたことがあるが、『いい女には秘密が多いのよ』と楽しそうに笑いながら話をはぐらかされてしまった。
聞かないでと言われているような気がした俺は、それ以上訊ねる機会を失った。
本当に不思議な人だと思う。
博識な上、魔導具に長けた類稀な技術は驚嘆すべきものだった。
残念ながら家事一般、特に料理に関しては致命的だが、それも愛嬌だろうか。
今も涙する彼女を見ながら、これからの食生活に一抹の不安を残してしまうが、これまで問題なかったんだから大丈夫だろという投げやりな思考で落ち着いた。
それでもある程度魔物が育ったら、一度確認した方がいいかもしれないな。
放っておくとまた糧食で済ませようとするだろうし、正直なところ心配事は尽きないんだが……。




