迷い込んだ
"敵"がそうだったとしても、今はそれについて考える時じゃない。
俺は俺のするべきことを続けるだけだが、どうしても聞きたいことができた。
「……結局、"空人"ってのはどんな存在なんだ?」
「その答えは、あなたの中で出ているのではありませんか?」
質問に質問で返されたが、確かにその通りだ。
推察の域を出ることはないが、恐らくはこれが答えなんだろうな。
強靭な強さを持つ存在などではなく、達人の領域により早く到達する者、か。
そうでなければ色々と腑に落ちない点が出てくる。
そもそも魂として比べれば差が出るとはとても思えない。
なのに輪廻転生を繰り返しているはずの存在がこれだけ凄まじい能力を持つともなれば、その理由は限られる。
転生時に消えるはずの記憶を継承したまま来世を歩む者や、前世の記憶や鍛え方を含む知識を無意識に引き出した者。
効率的に鍛えることで並外れた才能を持っていると他者から思われるほどの習熟速度を見せる者や、他を圧倒する技術力を保有していると思わせる者。
この仮説が正しいのであれば、俺の使っている流派だけでなく俺自身も"空人"になるべくしてなったと言える。
……いや、そうじゃないな。
「生命は転生する過程で"無垢な魂"として生まれ変わる。
だが、魂に刻まれた知識を呼び覚ますように、前世で経験したことを引き出してしまう者が肉体を維持したまま異世界へ迷い込んだ存在が"空人"なんだな。
だとすると、俺が手にしたスキルや魔法は以前の人生で手に入れたことになる。
だから経験を積むだけで新たな能力を覚えたように自然と身についていたのか」
誰かが言った。
"人の可能性は無限大"だと。
もしそれが、例え話でないのなら。
もしそれが、真実なのだとしたら。
「俺が保有する強力な能力は、俺になる前の持ち主が手にした技術なんだろう。
現在では不必要と思えるような強力なスキルの数々も、"エスポワール"を編み出したように"力を欲した結果"なのかもしれないな」
「トーヤさんの推察は、おおむね正解と言えます。
生前の経験や知識を来世で感じ取る、もしくはそれを効率良く学ぶことができる者の数は非常に限定されますが、誰でもその可能性に届きうると私たちは考えています。
ここではない別の世界では、全人類の約1割が"神に届きうる力"に到達し、創造神とその仲間たちが世界を放棄したこともあったのです」
「自らが創り出した世界を放棄?
……神々に見放された世界はどうなるんだ?」
話を聞く限りじゃ、安寧のために世界を陰ながら導いている存在だと思えた。
棄てられた世界は外部からも剥き出しの、神に等しい力を顕現できる存在であればやりたい放題の世界になるんじゃないか?
むしろ人類同士の全面戦争が勃発して、滅びの道を歩む可能性も考えられる。
「創造神が世界を棄てても、システムさえ活動し続けていれば問題はありません。
ですが定期的なメンテナンスを怠れば、神々が創り出したものであろうと悪影響が出てしまいます」
「……私の親しい友人が管理する世界は文字通りの意味で滅びかけたわ。
創造神たちが逃げ出した影響は、世界全体を根底から護るはずの核に多大な影響を与え、本来の役割すら正常に機能できないほど損傷する結果を生み出したの。
一度でも深く傷ついた核は、その世界を創造した神であろうと修復はできない。
過剰な人の悪感情を吸収、浄化して正常な魂を世界に戻すための、本来核が持つ役割を果たせなくなったことで数千年と溜めに溜めた悪感情が噴き出し、世界に破滅を齎す"漆黒の雪"として2度も降り注がせる大災害が発生させてしまったの」
……なんだ、その恐ろしい現象は……。
そんなもの、人がどうこうできるような問題を凌駕しているぞ……。
「想像するに、とんでもなく高密度のエネルギー体なんだろ、そいつは……。
そんなものに触れれば、生物が耐えられるとはとても思えないんだが……」
「……そうね。
"漆黒の雪"に触れた生命は、例外なく体を消失させたわ……」
とても深い悲しみを込めた声と表情で、女性は言葉にした。
いったいどれだけの犠牲者を生み出したのか、訊ねることはできなかった。
「……世界の形は、創り手次第でいくらでも変化する。
だけどそれは、あくまでも自らが創造した世界での話。
問題の解決法も、その世界を創った神でなければ調べることすら遅れてしまう。
ましてや破滅に向かっていた世界を護ることそのものが本来無謀なことなの。
でも彼女は、自分のせいで何億もの生命が犠牲になったと思ってる。
6000年以上経った今でも、彼女は自分を責め続けているの」
「……それは、そのひとのせいじゃないと思うが。
悪いのは一方的な都合で世界を棄てた神たちだろう?」
そうだ。
世界を創造したのであれば、最後まで面倒を見るべきだ。
その友人だって、初めから自分の世界として創っていれば、そんなことにはならなかったんじゃないのか?
「それにその友人は、棄てられた世界に住まう命を護ろうとしてくれたんだろう?
これまでの話から察することしかできないが、現実的に厳しすぎるとしか思えないような事態でも必死になって力を尽そうとしてくれたんだろう?
本来は滅んでいたはずの世界を維持させたのは、その友人なんじゃないのか?」
そう思えてならなかった。
世界を管理するなんて俺には想像すらできないことだが、その友人のせいだとはとても思えない。
何億もの命が消えようと、核が初めから傷ついていたとすれば修復は不可能なんだから、もうどうしようもなかったはずだ。
「……ありがとう、トーヤ君。
あの子にもあなたの想いを伝えておくわ」
目じりに涙を溜めながら、そのひとは美しい笑顔でとても嬉しそうに答えた。