根本的に違う
明確な覚悟が生まれ、鋭く研ぎ澄ませた感覚を落ち着かせた頃合いを見計らって、この"管理世界"に俺を直接呼び寄せられなかった理由を聞かせてもらった。
ここまでの話から色々と考察してきたが、どうやら"敵"の謀略に踊らされることを避けたとみて間違いなさそうだ。
ここだけに限らず、別世界を目指す魂は無防備な状態で漂うことが多いそうだ。
"空人"や"迷い人"と呼ばれる存在は、流れ着くようにやってきた存在を女神自身が導くので、これに該当しない。
本来使われる空間を介さず、独自に創り上げたゲートのようなものを使うらしいが、対象者にはまったく気づかれることもなく異世界に送ることができると女神は話した。
特殊な技能を持つこともある上に、文字通りの意味で迷い込むように世界を訪れるため、直接力を使うことで安全が確認された場所へ降り立つことができる。
俺がディートリヒたちと出会えたのは偶然ではあるが、悪人や強い魔物と鉢合わせないような配慮もしてくれていたらしいと今更ながらに知った。
しかし、問題となるのは"空人"ではなく、召喚者のほうだと話を続けた。
それも今なら分かる気がする。
本来であれば神々ほどの力を保有してこそ可能とするはずだ。
強引にふたつの世界を繋げようとすれば確実に綻びが生まれるんだろう。
人がそれを何十人単位で成そうとしても、危険性は変わらない。
外から呼び寄せられた人物は肉体を維持したまま世界を越える特殊な存在らしいが、それぞれの世界を見守る管理者が創ったシステムによって"世界に適応する体の基本的な部分"の構築を済ませるようだ。
こうでもしないと、呼吸すらままならない事態を招きかねないんだろうな。
"言語理解"スキルも、同時にシステムから与えられるらしい。
本来いた世界から他の"管理世界"へ向かう間、わずかではあるが無防備な状態で宙を彷徨うようなもので、そこを"敵"に狙われるのだと女神エルルミウルラティールは話した。
そして召喚者。
これが"空人"とは決定的に違う。
女神の加護なく人の手で強制的に呼び寄せるのだから、同じであるはずがない。
つまりは無防備な空間を超えることで、異世界人を召喚させる。
実質的に何かしらの強さを持った人物が無防備な空間を通って、だ。
「こちらの世界にまで辿り着いてもらえれば我々の力で護ることも可能なのですが、ふたつの世界を繋ぐ空間は神々ですら容易に干渉できず、すべてを対象とした保護区にするのは現実的に難しいのです」
言ってしまえば、"隙を突かれた"ってことか。
その宙域、と表現していいのかは分からないが、"管理世界"へ向かうなら必ず通らなければならないそこを狙われる可能性が非常に高く、最悪の場合は俺も"種"を埋め込まれてこの場所に来ていただろうと女神エルルミウルラティールは話した。
だが、少し気になる点が出てきた。
そもそも世界を管理する神々ですら干渉しづらい空間に手を出せたことそのものがイレギュラーとしか言いようがないんだろうけど、それは同時に"すべての世界へ干渉する力を保有した敵"がいると聞こえた。
正しく使わず、人を悲しませることばかりに力を揮う。
それがどれだけ危険で、何よりも恐ろしい行為だと分かった上で暴れ回っているのか?
「……そうじゃ、ないの……」
そう言葉にしたのは、女神の一柱だと思える金髪碧眼の美しい女性だった。
そこには悲しみと、何よりも強い"怒り"を感じさせる気配が放たれていた。
「相手は一般的な倫理観を一切持ち合わせていないの。
その思考を読み解こうとすること自体が不可能だと、私たちは結論付けたわ。
人の幸せを踏みにじり、最終的にはすべてを無に帰そうとするだけ。
"敵"は誰かの不幸や悲しみを何よりも好み、絶望の淵に立たされた人を見ながら愉悦に浸る非常に危険な存在なの」
「…………じゃあ、何か?
俺たちも、そんなクズに振り回されているだけなのか?」
「……言い難いけれど、その通りよ」
……なるほど。
なるほどな……。
様々な世界にいる幸せそうな人たちを不幸にしては、その様子を嘲笑いながら世界を壊し、次の候補を楽しげに探すような奴ってことか。
どうやら"敵"は、これ以上ないクズらしい。
これまで出遭った馬鹿野郎どもと根本的に違うのは間違いないな。
まるで飽きたら捨てるおもちゃ感覚で世界を好き勝手に遊んでやがるのか。