非常に強い憤り
豪快に回転しながら音もなく着地したその女性は、口で効果音を自らつけた。
どことなく子供の頃にテレビで見たヒーロー物の主人公を連想したが、きっと気のせいだと心に言い聞かせた。
「しゅたっ」
華麗にポーズを決める女性。
普段であれば突っ込むべきかを悩むところだが、それ以前の話だった。
敵意はまるで感じないが、凄まじい力を押さえつけているようだ。
間違いなく圧倒的な強さを持つ女性に、思わず冷や汗が額から頬を伝った。
いや、これはもはや、次元そのものが違う。
隔絶された領域にいるのは間違いない。
強いとか、弱いとか。
そういった話ですらなかった。
ぞくりとするような、とんでもない美人だ。
緩やかなウェーブを描く金糸のような髪に、宝石をはめ込んだと思えるほどの美しい瞳。
どこを見ても、誰もが美しいと認めてしまいそうな女性だった。
だが、それを素直に思わせない気配に意識が集中する。
……なんだ……あの体を覆うものは……。
内包された力があまりにも強すぎて、体が淡く光ってるのか?
極端に力で押さえつけていても溢れさせてしまうだけの力を保有してるのか?
絶対に敵対してはいけないと思える女性は言葉にするが、俺たちに視線を向けると意識をそちらへ向けた。
「随分とお可愛い結界ですこと……あら?
こんなにいっぱいのお客様が"管理世界"に来ていたのね。
私のことはお構いなく、どうぞお話を続けてくださいな」
「そうさせてもらうわね」
ラーラさんは来訪者に一声かけると、ラティと呼んだ女神に訊ねた。
「……いいわよね?」
「えぇ、お願いするわ」
確認を取ったラーラさんは深刻に思える表情で話を続けるが、その内容は俺の想像していたものとはかけ離れ過ぎて、どう捉えていいのかも分からなくなった。
しかし、その説明の最中、俺の神経をひどく逆なでする内容が含まれていた。
落ち着いた頃にレヴィアから教えてもらったが、この直後の俺は激しい怒りが押さえきれずに噴き出していて、レヴィアでさえも声をかけられないほどの感情が溢れていたそうだ。
まるで世界を飲み込むかのような非常に強い憤りを感じたと言われたことは、戒めとして忘れずにいるべきだと思えた。
「――誰だ、そんなことをしやがった馬鹿野郎は――」
この時、わずかに俺の記憶に残っていたのは、そいつを今すぐにでも潰しに行く必要があると考えたことだ。
それが他国だろうが人には踏み入れない"神のいる世界"にいようが、どんなことをしてでも潰さなければならないと本気で思ったことは、冷静になった今でも鮮明に憶えている。
詳細を含むこれまでの出来事を聞き、今後の話を耳にする頃、ようやく俺の中でも落ち着きが少し見え始めていた。
「――ですので、現在は世界を転々としています。
しかし、問題はそこではないのです。
たとえこの世界へ一方的にやって来たとしても、"管理世界"であれば帰還する方法も確立していますから。
肉体を持った状態であれば、元いた世界に導くことができます」
「…………その言い方だと、魂の状態だと不可能だったと聞こえるが」
必死に冷静さを保とうとした努力が実を結んだのか、ようやくまともな会話ができるように戻れた気がする。
……どうにも駄目だな、俺は。
フラヴィの時に学んだはずなのに、また同じことを繰り返そうとした。
それも今度は命を摘み取っても結果的に仕方がないとすら思っていた気がする。
これは非常に危ない兆候だ。
人の命を軽んじるわけじゃないが、それでも俺が護ろうとしたものに害意が及ぶと、一気にそいつをぶっ潰したい衝動に駆られた。
……本気で気を付けなければ、本当に命を摘み取りかねないな……。
「落ち着いた?」
「済まない、ラーラさん」
「いいのよ。
それだけ大切に想っているってことだもの」
笑顔で答えてくれたが、それでも気を付けなければならない。




