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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第三章 掛け替えのないもの
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十分すぎる武器

 危機を察知する能力を学んだ彼らに、俺は基礎的な修練へと戻した。


 これ以上は個人で学ぶべきものになっていく。

 非常に時間がかかるものに集中するよりも、人から教わらないとわかりにくく、型が崩れやすい基本的な修練に焦点を絞る。


 短期間で集中して教えても限りがあるためだ。

 ならば、ひたすらに基礎訓練をするべきだと判断した。



 修練とは華々しいものでは決してない。

 本音を言えば面白いものですらない。

 ただただ基礎的なものを繰り返す。


 だが、これをするかしないかで劇的な違いとして現れる。

 我流で剣を振るっていると、早期に強さの限界へ辿り着くだろう。


 武術の流派とは、それぞれ持つ特色を除けば、武器もしくは素手を効率的に扱うため、極端に無駄を削ぎ落としたものだと俺は思っている。

 研鑽を重ね、洗練された美しさと鋭さを併せ持ち、何よりも効率を重視している達人の境地は、何ものにも変えがたい魅力がある。


 相手が弧を描く間に最短距離を走らせる。

 これに全てが当てはまるわけではないが、たったこれだけのことをできるかできないかで、強さに圧倒的な差が生まれるだろう。


 しかし、これが何よりも難しい。

 冷静に剣を振るわなければ到達できる世界ではない。

 だからこそ長時間の基礎修練が必要となる。


 攻撃を向ける相手は確かに人だが、それを扱うのもまた人だ。

 どう扱うのかも人次第であることに大きな違いはない。

 それは、達人と呼ばれる者であろうと変わらないはずだ。


 型が崩れるということは、そこに隙が生じやすくなりかねない。

 最速に、最短距離を走る剣戟は、それだけで十分すぎるほどの武器となる。

 ここに到達するには、我流に近い剣を振るい続けてきた彼らでは数年で学ぶことは難しいと思えるが、今からだって十分に彼らも手にできると俺は確信している。


 文句を言わずに木剣を振り続ける彼らの鋭さは、迷いを一切見せないのだから。


 彼らは確実に強くなるだろう。

 それこそ、世界最高の冒険者へなれるほどに。

 俺はそれを強く実感した。



 そしてある日の夕食。

 いつものように俺達は食事をしていた。


 それなりに手は加えているが、一般的なものを作っている。

 だが、彼らにはかなりの刺激的な食べ物だったようだ。


「……はぁ。相変わらず美味いな、トーヤの作る飯は……」

「僕はこのビーフシチューが大好きですね。

 美味しすぎてパンに伸びる手が止まりませんよ」

「ポイントは肉を炒めすぎないことだな。

 火を通すにはシチューの中ですればいい。

 そうすることで、しっかりと肉を味わえる」


 パンも小麦粉から作ったものを切って、更に焼いたものだ。


 当然、いい小麦を使っている。

 ここに妥協はしていない。


 市販されたものはパサパサで美味さを感じなかった。

 そういった味覚なのかとも心配したが、パンを焼いてラーラに試食してもらったら、『もうお外でパンが買えないじゃない!』と、なぜか怒られた。

 もちもちの食感は彼らにも美味しく感じるようで安心したのを憶えている。


「私は一昨日のハンバーグが大変美味しかったですね」

「正確には煮込みハンバーグだな。

 家庭料理のレベルだが、デミグラスをしっかりと染みこませたものだった」

「あぁぁ……今日も美味しいお食事……。

 デザートは何かしら、旦那様」

「……否定するのも疲れてきたな。

 コーヒーリキュールをバニラアイスにかけたアフォガートだ。

 ほろ苦くも甘い氷菓だが、俺は酒じゃなくエスプレッソをかける」


 バニラに反応したのだろうか。

 全員の瞳がこれでもかというほど輝いた。

 何度も食べているはずだが、何度食べても飽きないらしい。


 ある程度は美味しくできつつあるが、それでも業界の人は鼻で笑う程度だ。

 どこでも買える1個272円のを与えたら、どんな反応を見せるのだろうか。

 ものすごく興味が尽きないが、さすがに無理だから諦めるしかないな。


 ……やめよう。

 アイス屋の美味しいものが食べたくなる……。


 子供のような視線を向ける彼らに、俺は昔を思い出していた。

 懐かしさと寂しさを感じさせるほろ苦い気持ちは、これから食べるデザートのような味を連想させる。

 考えないようにしていたが、やはり帰還する方法は探し出したいな。


 *  *   


 デザートも終わり、とても満足そうな5人を見て俺は頬を緩めた。

 まるで大きな子供だなと思いつつも、ラーラへと視線を向ける。

 彼女もそれを察したようで、とても優しい表情でこちらを見つめた。


「明日、俺はこの町を出るよ」

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