人として
たった18年しか生きていないが、それでもこれほど驚いた記憶はない。
理解できない。
そう言葉にした方が適切だとも思えた。
それほどまでに彼女との邂逅は俺の思考を停止させ、なおも目を丸くすることしかできずにいるほどの衝撃を受けた。
「トーヤ君が驚くのも無理ないわ。
弁明になってしまうけれど、私がここに来たのは400年ぶりになるの。
現状を知った私は"このままではいられない"と確信して行動に移したのよ。
トーヤ君と出会ったのは偶然だから、役割を持って対応したわけじゃないことだけは信じてほしいの」
「それに関しては疑っていない。
だが、色々と腑に落ちないこともあったからな。
これであの時ラーラさんが静かだった理由も理解できた」
「さすがね、トーヤ君は」
嬉しそうに、けれどもどこか申し訳なさそうな笑顔をラーラさんは見せた。
彼女が嘘をつく理由もなければ、そんな人じゃないのも分かってるつもりだ。
俺への対応を疑う気持ちはこれっぽっちもない。
"なぜ"、という疑問は拭い去れないが。
「……どうしてここに?」
「それは本当の名前を言葉にすれば、トーヤ君なら理解してもらえると思うわ。
私の本名は"ラーラリラジェイラ"。
この世界を大地から管理する女神なの」
……なるほどな。
相当衝撃的な話だが、そうであるならいくつかの疑問点は解ける。
「人の生活をしていたのは、ラーラさん自身が楽しいと思っていたからか」
「えぇ、そうよ。
私は人の暮らしの中で、人として生きることを望んだの。
だからここ400年はエルルと……ここでは"ラティ"と呼びましょうか。
ラティと連絡を取ったのは、トーヤ君たちがバウムガルテンに来てから。
もう分かってもらえてるみたいだけれど、でぃーちゃんたちとお話をしてる時に静かだったのは、ラティから現状とその対応を確認してたからなの。
まさか同名で同じ顔の小さいラティと逢うとは思っていなかったから、あの時は相当驚いたのよね」
それで再会した時、髪の色が俺と同じフラヴィじゃなくてエルルのほうに意識が向いていたのか。
普段は賑やかなラーラさんらしからぬ行動も、ようやく理解できた。
「私の本来の役割は世界を安定させるための調整と、世界中にポータルを設置すること。
まぁそれは数年で終わったんだけど、地上で生活するほうが性に合ってると旅をしていた時に思ったのよね。
色々ラティと相談して、何かあれば連絡する形で自由にさせてもらったのよ」
「……そんな時に"空人"の女性と出会ったのか」
「えぇ、そうよ」
とても嬉しそうにラーラさんは答えた。
人として生きていたからこそ、女神なら知りうる情報も知らなかった。
彼女のその先を知らないことが、人ならば一般的なことだと彼女は判断したのかもしれないな。
「"ずっとずっと昔にお別れして、それっきり"、か。
……本当にすごいな、ラーラさんは。
知ろうとすればできるはずなのに、"人として生きること"を選んだんだな」
「……そう言ってもらえると嬉しいわ。
女神を辞めることはできないけれど、それでも私はみんなと同じ視線で世界を生きたかったの。
……それも結局、私のわがまま以外の何ものでもないのだけれど……」
そんなことはない。
本心からそう思えた。
だからこそ彼女の行く末を今も知らないんだろうからな。
その気持ちは、ただの人間の俺にも分かる気がするよ。
「……世界中を旅して、たくさんの出会いと別れを繰り返して……。
冒険をしたり、お店を開いたりするのが楽しくて仕方なかったのよね」
「それで今は"自由の国"にいるってことか」
「えぇ。
ここ200年はこの国を拠点にしているわね。
たくさんのお友達もできたし、これからも続けていくつもりよ」
本当に楽しそうに答えるひとだな、ラーラさんは。
思えば、そんなところに不思議な魅力を感じていたんだろうか。
「話が逸れちゃったから戻すわね。
私がここにいる理由は、トーヤ君とも関係があるの」
「さっき言っていた"このままではいられないと確信した"ことや、400年ぶりに戻らざるを得なかった理由があるんだろ?」
「さっすがトーヤ君!
それでこそ私のお婿さんだわ!」
くねくねと体をよじる女性を白い目で見ながら、俺はようやくラーラさんが別人ではなかったことに、本当の意味で気が付いたのかもしれない……。
「……ラーラ」
「っと、そうよねラティ!
新妻としての役目を果たさなきゃね!」
何とも反応しづらい言葉が耳に届き、重くのしかかるような疲労感が一気に押し寄せてきた。
魂まで出てしまいそうな深いため息をつきながら、ラーラさんに鋭い突っ込みを入れようと口を開いた直後、上空に気配を感じ取った。
反射的に視線を向けるとガラスが割れたような高い音が響き、ぽっかりと穴が開いた場所からなんとも間の抜けた女性の声が聞こえてきた。
「とあーっ」
緊張感の欠片もないどころか、深刻な状況を叩き割る破壊力があった。
空間から現れたのは、純白のドレスを着た金髪碧眼の女性だった。