まったく別の話
手渡された資料を見ながら、俺は考え込んでいた。
それほど深い森ではないらしいが、これは少し厄介なことになりそうだ。
「見ての通り、レンテリア大森林の中に建造物は存在しない。
住人がいるともこれまで聞いていないのが現状だ。
魔物も比較的強いものが多いと言われるが、あの狂人を捕らえる実力があれば問題にもなるまい。
子供たちに油断は感じられないし、君の鍛え方が余程優れているのだろうな」
「たしかに教えはしましたが、強くなったのはこの子たち自身です。
俺はその手助けをしたにすぎませんから」
本心からそう思う。
これほどの強さにまで成長してくれたのは、この子たち自身が何のために力を手にするのかを正しく理解し、ひたむきに修練と向き合った結果だ。
背中を押しただけの俺が褒められるようなことじゃない。
そんな考えもはっきりと読み取られたようだ。
どこか嬉しそうにギルドマスターは答えた。
「……そうか。
個人的には冒険者の訓練教官として残ってもらいたいが、事情が事情だ。
その場所を目指すつもりなら、可能な限り情報を持っていくといい」
「ありがとうございます」
「構わん。
それくらいしか、我々にはできないからな。
しかしここから7日といえば、共和国との国境線付近になる」
「大森林から西へ進みすぎると不法入国になりますか?」
「講和条約が締結されて以降、共和国とは関連した会議の場が設けられていない。
大森林のどこまでが国なのか、はっきりと記された文献もない以上は問題ないと思われるが、もし仮に共和国の憲兵に所在を求められた場合は"偽装した盗賊"である可能性も想定してほしい。
30年程前になるが、数件報告に上がった事例だからゼロだとは言い切れない」
なるほど。
自然的国境の周辺なら起こりうるかもしれない。
無法者にとって曖昧な国境線付近は悪事を働くのに十分魅力的な場所なのか。
越えるように大森林を進むのは、魔物を間引く憲兵と凄腕冒険者だけだからな。
森の中で憲兵隊の格好をして聴取しようとする時点で怪しいとは思うが、現在は派遣されていないから出遭えば確実に偽物と判断できるようだ。
「気を付けておきます」
「君なら大丈夫だろうが、用心は必要だろう」
どんな事態になるか分からないのはどこにいても同じだと思うが、気を付けるに越したことはない。
ましてや憲兵隊に偽装した盗賊は、一方的に襲い掛かる輩より遥かに悪質だ。
話によると、憲兵に偽装して襲う行為は重罪らしい。
そもそも油断させたところを狙うわけだから、より罪も重くなるそうだ。
そんな馬鹿どもが本当にいるのかと思いたいが、現実にいたからこそこうして話が出ている。
気配で悪意を隠せるほどの使い手がいるとは思えない。
そう考えるのは非常に危険な思考だろうな。
森の中では常に集中し続けるべきだ。
地形が細かく記した書類に目を通していると、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします」
「結果はどうだ?」
ギルドマスターは女性職員へ視線を向けて言葉にするも、どことなく言い辛そうな表情をしながら彼女は答えた。
「確認を取りましたが、迷子を含む捜索依頼は過去3か月間すべて解決済みです。
記憶喪失の件についても調べましたが、こちらの事案はありませんでした」
「そうか」
エルルには悪いが、それも想定の範囲内だった。
だとしても、確かめてみたいと思う気持ちもある。
自信満々に答えていたくらいだし、この子の中でも何か確信があってのことかもしれないからな。
それが何かは分からないが、その場所に行ってみる必要があるとも思えた。
「止めはしないし、あの森は広大だが凶悪な魔物も確認されていない。
君ほどの使い手であれば、森を越えることも容易だろう」
「地図上では、わりと平坦な地形が続いているようですね。
見通しも悪くないと聞きましたが、実際にはどの程度なんでしょうか」
「人が隠れるほどの木は少ない森だから、いい方だと言える。
空もそれなりに確認できる上、一か所に魔物が集中することもない」
その言葉に首を傾げてしまった。
森とは大昔から存在するはずだし、人が踏み入ることのない場所なら大きな木があるのは当然だと思っていた。
彼の情報から察すると、方角に迷うこともなさそうだし、集団の魔物と戦う事態も回避できそうだ。
しかし木々の成長ともなれば、それはまったく別の話になる。
人の出入りが少ない場所なら、光が射さないほどの暗さでも不思議ではない。
まさか、火災などで更地のようになって、ようやくここまで戻ったのか?
……それとも、俺の想像もしないような現象が起こっているのか?
そんなはずはない。
そう断言することが、俺にはできなかった。