嘘は通じない
「……武芸者とは、難儀なものだな。
私もいま同じことを考えていた」
わずかに溢れた感情から読み取られたようだ。
やはりこの方は俺よりも遥かに思慮深い。
限定された欠片から多くの情報を手にされた。
「老人の戯言と思って聞き流してほしい」
そう言葉にすると、彼は小さく声を出しながら笑った。
その表情はとても楽しげで、引退前なら試合を挑まれていたかもしれないな。
「……さて、ここに君を呼んだ本当の理由は察していると判断した。
先の言葉からは多くのことを理解したと受け取れるものが含まれていたからな」
俺たちを、いや、正確には俺を呼んだ理由か。
まぁ、あれだけの事件が起こったのにも拘らず、無事で帰ってきたことだな。
そもそもスケルトンとは、そう簡単に倒せるような存在ではないと聞いた。
それこそ本気で襲ってくれば、一国を滅亡させうる可能性すら秘めていると。
物理、魔法ともに絶大と言える耐性を持つが、何よりも厄介なのはその頭脳だ。
人に近い思考どころか、並の冒険者では圧倒するほどの知恵があると言われている魔物を10人足らずで討伐するなど、相当の使い手でもなければ不可能だ。
だがそれは、達人とも言えるほどの強者を集めていることを前提とした話。
これについても彼らは調査をしていたからこそ俺が呼ばれたんだろうな。
「子供連れ。
その一点だけで首を傾げざるを得ない。
相手がスケルトンである以上、私自身の目で君を確認する必要があった」
「わかるつもりです。
仮に虚偽の報告であれば、この町の安全が脅かされる事態になるでしょうから」
そんなことをするつもりはない。
だが確かな証拠がないのだから、そう思われるのも当然だ。
それに憲兵隊には今回の件について"説明不足"の報告をしたからな。
目標を追跡し断崖手前でスケルトンを発見、消失を確認してアンジェリーヌを救助して町に連れ帰った。
この程度だ。
"どうやって倒したのか"の詳細は伏せてある。
大事なのは確実に倒せたのか、倒せなかったのかだ。
その手段や方法は詰問されることはないからな。
言葉の選び方にもよるが、"消失した"と報告すればおおよそは伝わる。
自壊した、なんて発想にはまず至らないだろうし、逃げたことにもならない。
ましてや、その証拠となる痕跡は残らないのがアンデッドらしいからな。
魔物とは違い、光の粒子で消えないことも把握した上での報告に嘘偽りはない。
ただ、説明不足なだけだ。
これは俺だけの考えじゃない。
レヴィアやリージェ、エルルも手伝ってくれたが、大きく影響を与えてくれたのがリゼットとアンジェリーヌ、エトワールの3人だった。
アンデッドについての知識をそれほど持たない俺としては、本当に助かった。
冷静に話ができる大人が多いのも、納得させられた要因になったんだろう。
それに、あの男を押さえたことが説得力の後押しになったのも確かだ。
「あの殺人鬼は連邦、商国、共和国、女王国、自由都市同盟と、5か国から国際指名手配された大悪党で、彼奴の死に莫大な懸賞金がかけられている危険人物だ。
確認されているだけでも127名もの命を奪い去り、なおも逃げおおせていた。
しかし劇場での一件を踏まえると、どこぞで手に入れたアイテムを使い、大量虐殺を目論んでいたところを君に救われたわけだ」
……あの悪党、まさかそれだけの命を摘み取っていたのか……。
俺の対応は甘すぎたかもしれない。
徹底的に精神を潰しておくべきだったか。
「報告を受けたが、これについての確認も取りたかった。
アーティファクトを彼奴に使ったのは本当なのか?」
「はい。
憲兵隊から報告がされているとは思いますが、"時じくの実"を使いました。
人間が持つ寿命を無病息災で生きることができるようになる効果を持ちます。
同時に基礎能力を極端に制限するアイテムも使用し、憲兵隊に引き渡しました。
その後、憲兵詰め所にて事情聴取を受けた形になります」
……この方に嘘は通じない。
けれど、アーティファクトと思ってもらえるように話した。
今の言い方ならば、色々と察してくれるだろう。
必要以上の詮索はされない。
冒険者とは自由な者だからな。
卑怯にも思えるが、それも割り切って発言する必要がある。
俺が"空人"であることや、ステータスダウンを含む絶大な効果を持つスキルについては伏せるべきだからな。