なれなかった者
冒険者ギルドに入ると、人の視線がこちらに集まるのを感じた。
それは冒険者やギルド職員だけでなく、食事を取っていた一般人も同じように俺たちを見ては連れと話を続けているようだ。
その理由も当然かもしれない。
アンジェリーヌを町に連れ帰った時も相当目立ったからな。
一般人もかなりいたし、俺たちのことが噂になっていてもおかしくはないか。
今は受付を使っている冒険者もいないみたいだから、要件を済ませてさっさと立ち去ろう。
大きな騒ぎになるとギルドや冒険者に迷惑がかかるからな。
「すまないが、レンテリア大森林についての詳細が知りたい。
誰か情報を知る者を紹介してもらえないだろうか?」
「しょ、少々お待ちください」
驚きながらも奥に向かう受付嬢を目で追った。
今の反応から察すると、アンジェリーヌたちも注目の的になっているな……。
それに俺の場合は彼女を救出しただけじゃないからな。
野外劇場での一件も大きく影響しているんだろう。
そうでなければ、これだけ好意的な視線を向けられる理由にはならないはずだ。
「お待たせいたしました。
当ギルドのマスターが対面を希望しています。
もしよろしければ、ご同行をお願いできますか?」
「……大事になるのは困るが、情報についても教えてもらえると解釈して構わないだろうか」
「もちろんです。
こちらに資料もご用意させていただきました」
「わかった」
そう答えるしかないだろうな。
まぁ、悪い話でもない。
注目されているこの場所で聞くのもどうかと思うし、どの道ギルドマスターが呼んでる事実も変わらなさそうだから、いずれは宿泊施設にまで職員が押し掛けてくると思えた。
遅かれ早かれギルドに呼ばれるなら、こちらから出向いたほうが印象もいい。
それに大森林の情報も教えてもらえるみたいだし、こちらとしてもありがたい。
女性職員のあとに続き、俺たちは階段を上った。
* *
「失礼いたします」
「……指示を出して1時間と経たずに会えるとは思わなんだが、まぁいい。
そちらにかけて……人数も想定よりずっと多いな……」
「どうぞお構いなく。
立ったままで大丈夫ですので」
大所帯だからな。
店で食事をするにもテーブルを2、3台は必要になってる。
この世界に降り立った直後は、これほど仲間が集まるとは思ってなかった。
「では、私も立って話すとしよう」
初老の男性は立ち上がり、執務机からこちらへとやってきた。
その眼光の鋭さから察すると、かつては冒険者のひとりだったんだろうな。
それも前衛職だと思える覇気を引退したはずの現在でも纏っていた。
「私はこの町の冒険者ギルドを預かるルトガーだ。
フュルステンベルクの顔役のようなこともしている」
「それで俺たちを呼んだのですね」
「"逮捕に協力した件と、襲撃者に対しての礼は不要"と読み取れる顔をしているが、それでも言葉にさせてほしい。
危険人物の捕縛、ならびにスケルトン襲撃事件の解決とさらわれた女性の救助に対し、心からの感謝を。
これは冒険者ギルドだけではなく、憲兵隊を含むフュルステンベルクに住まう善良な町民の総意と思っていただきたい」
深く頭を下げながらギルドマスターは感謝した。
やはりその件だったか。
だがあれは俺にも関係していたことだし、そのまま放っておけるはずもない。
俺は俺のしたいようにしただけだから、礼を言われるのはむず痒かった。
「あの危険人物と居合わせたことで憲兵が来る前に行動するべきか悩みましたが、大きな問題にならなくて内心では安堵しています。
アンデッドに連れ去られた女性は俺たちの友人ですから、町の現状を踏まえた上でも行動しない選択は取れませんでした。
どちらも結果的に解決できただけですので」
「そうか。
ならば、そういうことにしておこう」
……掴みどころのない方だ。
まるですべてを見透かされている気がする。
積み重ねた歳月は、俺とは比べ物にならないほど濃密のようだ。
これまで出会ってきたギルドマスターの中でも相当の強さを現在も感じさせる様子から、現役冒険者としても十分に戦えるほどの力を維持し続けているのか。
もしかしたら、この方がいわゆる――
「私は"剣聖"になれなかった者だ。
その直前とは言われていたが、少々厄介な病気を患ってな。
とうの昔に冒険者は引退し、今は職員として働くただの老人にすぎない」
……思考も読まれた。
相手が俺ならそれも当然か。
しかし、これほどの使い手がなれなかった"剣聖"か。
武芸者のひとりとして興味が湧いてきた。