決して許されない
高性能な魔道具は俺たちも手にしている。
フラヴィの持っている"インヴァリデイトダガー"や、エルルが好んで使う"魔弓ミスティルテイン"にも言えることだが、中には"マナブースト・ガントレット"のような飛びぬけて規格外の武具も手に入った。
用途すら不明の圧倒的な攻撃力を持つ武器だ。
こんなものを戦場で使われたら最後、阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる。
使い方次第で戦略兵器並の性能を見せつける可能性が高い効果を持つこれが、もしそれほど珍しくもないものとして存在しているのであれば、数百人を一振りで蒸発させてしまう武器があったとしても何ら不思議なことではないかもしれない。
それに彼は言っていた。
"強奪された武器には使用者が制限されるよう、封印処理が施されていた"と。
そして、"解除するには国内の施設で様々な手順を踏む必要がある"とも。
それを確かな言葉として言っていたわけではない。
彼自身も知らなかった王国の秘密ともなれば知る必要のない知識に当たるのだから、指輪を手にしたアンジェリーヌにも伝えられないことなのは想像に難くない。
彼の主君であるアンジェリークも聞かされていなかったのかもしれないな。
このローゼンシュティールは、絶大な効果を持つ魔道具を制作していた国ではなく、あくまでも付呪に力を入れていた国家だった可能性が出てきた。
だとすれば、この先に置かれている品々以外で持ち去られた魔道具は数点か。
銘を穢された至宝の剣と、この国の王がつけていたものくらいだろう。
他にもあるかもしれないが、これ以上はさすがに分からない。
「それじゃあ、開けるわよ」
「あぁ、待たせて済まないな」
「かまわないわ。
私も少し考えるべきだと思ったから」
小さく笑い声を出した彼女は、瞳の奥に怒りを感じさせる強い光が宿っていた。
誰だって美しい国を好き勝手踏み荒らされれば怒りのひとつも湧いてくる。
それは歴史的な観点から言っても、許されない蛮行だと言えるからな。
壁に左手を添えると通路の先が開かれ、入り込んだ眩い光に目をすぼめた。
その先に広がる光景は現実に体験した者が極端に少ないだろうと思えるもの。
それをアンジェリーヌは、異世界人の俺が考えていたことと同じ表現で話した。
「……金銀財宝の山を絵本以外でこの目にするなんて、想像していなかったわ」
「……本当だな。
いや、ある意味では財産の一部を隠しておくのは正しい。
財政が苦しくなれば、国交のない王国は窮地に立たされるだろうからな」
彼の話では城下町が北にあったそうだから、貨幣も必要なはずだ。
山のように積まれた硬貨のひとつを手にしてみる。
薔薇と剣の紋章、裏には薔薇と盾が大きく刻印されていた。
「周辺国とはまったく違う刻印だな。
これだけでも歴史的価値が高いものだが、残念ながら歴史に繋がるようなものは記されていないか。
それでも剣と薔薇が描かれていることや、裏側に大きく盾が刻まれたところからでも十分推察は立てられるな」
「綺麗な硬貨だね。
普通の金とも違うのかな?」
「……白金が含まれているわね。
私も装飾品に使っている金属量には気を配る方だけれど、これほどまで美しい輝きを数百年以上保ち続ける古代の硬貨は見たことがないわ」
「そういえば、貨幣は神様が創っていると聞いたな。
偽造すれば砂に代わるらしいが、自由に独自の貨幣を造れるものなのか?」
「私も詳しくは知らないけれど、硬貨のデザインだけをある魔道具に置くことで、その国の通貨として使える貨幣を作れると聞いたことがあるわ。
国の中枢にでもいなければ知ることのない知識だから気にしたこともないけれど、今にして思えば随分と曖昧に思えるわね。
金銭と等価価値のある物を捧げることで金貨を生み出しているのかしら?」
その発想は中々面白いし興味の尽きない話ではあるが、それよりも地面へ金貨が置かれているのには眉をひそめてしまった。
しかしこれだけ大量ともなれば、逆にこうしなければ崩れた時に大変なことになりかねないから仕方ないんだろうなと思えた。
「まぁ、いいわ。
ともかくお礼として、ここにあるものの中から持っていってちょうだい」
「さすがにそれはどうかと思うんだが……」
そう思えてしまう俺だったが、どうやらそんなことは百も承知で彼女は話していたようだ。
これまでにないほど真剣な表情でアンジェリーヌは言葉にした。
「これはあくまでもお礼。
遠くの、それもどこにいるかも分からない私を探し出して助けようとしてくれたことと、これから町まで連れ帰ってくれることへの謝礼と思ってほしいわ」
「いっぱいあるけど、お姉ちゃんもいくつか持ってくの?」
何気なくブランシェは訊ねるが、それを彼女は明確に否定した。
「それはいけないことよ。
ここにあるものは、この国の財産。
つまりこの国に住まう民のために使うべきもの。
それを王族の末裔たる私が、私欲のために使うことは決して許されないわ」
「ふむ、興味深い発想だ。
もう誰もいないのだから、そなたの自由にしても良いのではないか?」
「だからこそ、護るべき民すらいない国の宝はこのまま眠らせておくべきよ」
「そうだな。
俺もそれがいいと思うよ。
それじゃあ、このまま帰るか」
彼女の言葉に嬉しく思えた俺はそう答えたが、彼女はそれも否定した。
「それとこれとは別の話よ。
あなたたちは命懸けで私を救ってくれた。
私はこの国の正統な王位後継者みたいだから、宝物庫への道が開かれた。
救ってくれたあなたたちへのお礼は、この国が支払うべきだと判断するわ」
「……そう言われてもなぁ」
物凄い量の財宝を見回しながら俺は答えた。
どうやら武具や装飾品の類も綺麗に置かれているが、数百にも思える数を鑑定していくのは骨が折れる。
記念に金貨を1枚もらおうかと思った矢先、ひとつのアイテムが視界に映った。
それを見た瞬間、俺は凍り付くように視線を外せなくなった。




