情報量不足
「アンジェリーヌが連れ去られた場所の見当がつけば、あとは俺たちだけでなんとかする。
問題は、周辺の地形に疎いことだ」
俺は端的に答えた。
むしろ厄介なのはそちらかもしれない。
多少の地形を知っている程度の知識では、たいして役に立たないだろう。
「町の近隣に隠れられる場所はない。
もっとも、隠れていない可能性も考慮するべきだが、真っすぐ北を目指したことを信じるのならギーゼブレヒト断崖とグロースクロイツ連峰に絞るほうが得策かもしれないな」
何かを考え続けながら言葉にするオーラフ。
そんな彼がする話は、俺も想定していたことだった。
「酷なことを言うが、恐らく憲兵隊は町の守護任務に集中するだろう。
最終的にそれを決めて指示を出すのは大隊長だが、あくまでも憲兵は町人を護るために存在しているから、周辺調査に人員を割くには時間がかかりすぎるはずだ。
悪いが、大規模な捜索は期待しないでほしい」
「こちらとしては周辺と断崖、連峰の情報を教えてもらえるだけで助かるんだ」
「それならば力になれる。
ある程度詳細が書かれた地図と情報を渡そう。
水や食料が足りなければ手配させるが?」
「いや、それに関しても大丈夫だ」
「マジックバッグか」
「あぁ」
さすがにそれよりも遥かに高性能のスキルを持つとは言えないからな。
いらぬ面倒事になりかねない言動は慎むべきだ。
一度退席したオーラフは、2枚の紙を俺の前に置いた。
周囲と北方の地図が書かれたもののようだ。
しかし、やはりというべきか肝心な場所が書かれていなかった。
「東は平原、西は浅い林でどちらも見通しがいい。
こんな場所に誘い出すような頭の悪さは持ち合わせてないだろう。
ギーゼブレヒト断崖を護るようにグロースクロイツ連峰が広がっているが、見ての通り断崖と連峰の先は分かっていないのが現状だ。
理由は聞いているかもしれないが、ワイバーンを含む空を飛ぶ魔物が襲来する場所で、崖を登りながら相手にできるような場所ではない。
そもそも登れるとも思えない角度だし、何が襲い掛かるのかも正確には分からないような危険地帯なのは間違いないだろうな」
話に聞くと直角に近い絶壁になっているらしい。
プロのクライマーなら登れるが、魔物が襲ってくるともなれば話は別だ。
どう甘く見積もっても喰われるのは目に見えている。
崖を登る選択は取れない。
草原や林にいるとも思えない。
「……断崖の東側に小道が北へ続くみたいだが、ここはどうなっているんだ?」
「そこも通らないほうがいい。
130年ほど前に当時のランクS冒険者を含めた調査隊が派遣されたそうだが、300メートルほど進んだ辺りでワイバーンの大群に挟まれたと報告書が残されている」
小道も通れないか。
痕跡が見つけられなければ進むことも考慮するべきだが、不安の残る強さのクラウディアとオーフェリアを連れた上、エトワールまで同行するとなれば突破は難しいかもしれない。
しかし、アンジェリーヌの無事を祈って町で待機させるのも可哀そうだ。
「こういっては何だが、圧倒的に情報量不足だ。
仮にスケルトンが北方へ真っすぐ進んだとすれば、十中八九罠を張っている。
それも狡猾で残忍な、命を確実に奪える類のものを周到に用意しているだろう」
「スケルトンが町を離れた以上、ここにいても情報は手に入らないと思える。
町で待機をし続け、時間をかけるのは避けるべきだ。
なら、潜伏している可能性のいちばん高い北方へ行くよ」
確認するように家族へ視線を向けると、真剣な表情で強く頷いた。
「ふむ。
となれば、我らは待ち伏せされることを想定して行動するべきか」
「ですが、話によるとすごい速度で走り去ったのですよね?
私たちが断崖へ到着するまで3日はかかりますよ」
「乗合馬車を借りられるか聞いてみよう。
往復の料金と食事用の飼い葉を購入すれば、貸してもらえるかもしれない」
「それには及ばない」
オーラフは席を立ち、俺たちを憲兵詰め所の裏へ案内した。
目を丸くすることしかできない俺に、彼は答えた。
「商人や一般人を装って憲兵が街道を巡回する馬車だから見た目は悪いが、十分に整備してある。
馬も大人しく、大きな音や魔物に臆することはないように訓練済みだ。
体力も申し分ないし、休息も与えてあるからいつでも出発できる。
乗合馬車を手に入れたとしても、これほどの馬と馬車は用意できない。
だがこれなら北方まで徒歩3日のところを1日半で着けるはずだ」
「正直かなり助かるが、いくらで貸してもらえるんだ?」
「不要だ」
思わぬ言葉に耳を疑った。
だが、それにも理由があるようだ。
「金をもらった時点で犯罪になるし、何よりもスケルトンが町を襲った事案はこの町始まって以来の大事件となる。
先ほども言ったが、憲兵隊を調査に向かわせるとしても数日はかかるからな。
あくまでも冒険者に調査を委託する形であれば、馬車の返却と事後報告をしてもらうことで解決するだろう」
「その理屈は分からなくはないんだが、本当にいいのか?」
「先日の一件は聞いてるからな。
十分信頼に足る人物だと判断している」
「そういうことか」
どうやらもう憲兵の間では情報の共有がされているらしい。
それが分かったからこそ中隊長である彼が対応してくれたんだな。
思えば"俺たちだけでなんとかする"と言葉にした時も、オーラフはスケルトンについて訊ねなかった。
信頼しているから、あえて聞かなかったのか。
色々と納得できた俺は彼の厚意に感謝しつつ、馬車を借りることにした。




