足を止めるよりも
詰め所の扉を憲兵の男性が開けると、喧噪で埋め尽くされるような慌ただしさが耳に鋭く届いた。
様々な情報をかき集めている段階だろうことは理解できるが、精査が済むまで待つだけの余裕は俺たちにはない。
可能な限り早く町を出たい気持ちはある。
しかし、情報が少ない状態で出立するわけにはいかない。
そのために憲兵詰め所を訪れたんだが、まともに話を聞いてもらえるような状況でもなさそうだった。
「カール!
大隊長はいるか!?」
「現在は町の東区を巡回していると思います!
こちらに戻るのはかなり先になるかと!」
俺たちを案内した憲兵は若い隊員に訊ねるが、ルッツはいないようだ。
そもそも大隊長は憲兵隊員の中でもトップにいる責任者だ。
憲兵は軍隊じゃないから司令官のような人はいないはず。
「話ができる人なら誰でもいいんだが」
「……そうだな。
こんな状況だと落ち着いて話もできないが、いざとなれば俺が聞くぞ。
どっちにしても上司がいれば色々と早く進むんだが……」
「どうした、ツェーザル」
詰め所の奥からやってきたひとりの男性。
年齢はディートリヒよりも少し高めだろうか。
鋭い眼光を持つ、一般的な隊員とは明らかに違う覇気があった。
間違いなく実力者だが、大隊長のルッツを超えているほどの強さを感じた。
「オーラフ中隊長、北門にいらしたんですね。
彼らは今回の一件の情報提供者です」
「わかった。
私が別室で詳細を聞く。
ツェーザルは持ち場に戻っていい」
「了解しました」
憲兵特有の敬礼をした彼は、詰め所から出ていった。
情報提供者と聞いてこちらへ注目が一気に集まったが、中隊長である彼の言葉は時間を停止させたかのような隊員の硬直を解きほぐすのに十分すぎたようだ。
「全員、仕事に戻れ。
大隊長が戻るまでに精査を終えられなければ、次の一手が遅れる。
そうなれば自分の護りたい人にまで被害が及ぶと肝に銘じろ」
言葉の意図を理解した隊員たちは、大きな声で返事をした。
どうやら話の分かる人と会えたようだ。
ある意味では中隊長が憲兵隊を支えているのか。
そう思えるほどの統率力を目の当たりにした。
通されたのは聴取をするための部屋ではなく食堂だった。
これだけの人数だから気を使ってもらえたんだな。
「悪いが聴取室に椅子は多くない。
今はここに来る隊員もいないから食堂で聞かせてもらう。
適当に座ってくれ」
俺たちは席に着き、対面にツェーザルが座った。
軽く自己紹介を終えた俺たちはすぐに本題へと入るが、さすがに言葉を失っているようだ。
「……見間違いではないんだな?」
「はい、目の前でさらわれました。
そのおぞましい姿も月明りで確認しております」
気丈に振る舞うエトワールだったが、声と指先はわずかに震えていた。
俺は彼女に続くように冒険者から聞いた情報をツェーザルへ伝えた。
「ローブ姿のやつが女性を抱えて北方へ走り去ったと冒険者に聞いた。
連れ去られた女性の容姿も俺たちの仲間と一致している部分が多い。
この周辺に隠れられそうな場所と断崖、連峰についての話を聞かせてもらえると助かる」
「まさか追いかけるつもりか?
……いや、時間もかけられないなら行くしかないと判断するのも当然か」
「彼女を狙ったのか、それとも偶然居合わせたところをさらわれたのか。
もしかしたら他に理由があるかもしれないが、俺たちには判断がつかない」
正直に言えば、理由なんてどうでもいい。
それを考えるのは時間ばかりを浪費するだけだからな。
そんなことで足を止めるよりも、行動に移すべきだと俺には思えた。




